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いま改めて考える、出版社のレゾンデートル

── いまこそもう一度、電子出版に真正面から立ち向かうときだと思っています。

7月1日に行われた記者発表会で、株式会社ボイジャー 代表取締役 鎌田純子氏は述懐を込め、このような挨拶をしました。この日、池澤夏樹氏の作品の電子化・販売をボイジャーが手がけることの発表と同時に、電子出版Webサービス「Romancer(ロマンサー)」が一般公開されました。2011年に導入した「BinB」ブラウザビューワが「いつでも誰でも簡単に電子の本を読める仕組み」なら、Romancerは「簡単に作る」役割を担っています。池澤氏とのプロジェクトでも使用しているとのことです。

Romancerは、昨年の国際電子出版EXPOの時点でクローズドβ版が公開されていましたが、正式版の公開で何が変わったのか、他社のサービスとは何が違うのか、そしてどのようなビジネスモデルにするのかを私は注目していました。鎌田氏は、ボイジャーが電子出版で社会に貢献する要素を「Eternity, Borderless, Open, Originality, Knowledge, Social」だと語りました。

ボイジャー代表取締役の鎌田純子氏。

池澤夏樹氏は「友情ではなくビジネス」と語った

池澤氏は、これまでずっと作品の電子化を断ってきた理由を「出版社が本当に本腰を入れてやってくれるかどうか疑問だった」と語りました。言い方は悪いけど「唾を付けておこう」みたいな雰囲気があり、それが提示される印税率にも表れていたと。逆に、ボイジャーの提示した条件は、明快かつ合理的だったから「友情の延長ではなく、ビジネス」としてやってみようと思えたそうです。

プロジェクトの責任者であるボイジャー萩野正昭氏(前社長)は、池澤氏へ提示した条件について「経費を除いたら、作家と出版社で折半と決めていた」「経費は20%くらいを目標としている」「作家の印税は、30%を下るべきじゃないという考えを持っている」(つまり印税率は30%〜40%)と補足しました。日本では一般的な出版社から電子版を出すと印税率は15%(海外では25%)程度らしいので、それに比べたらはるかに好条件です。

作品の電子化をボイジャーに委ねると発表した作家の池澤夏樹氏。

ただし池澤氏は、これまで出版社の編集者と一緒に本を作ってきて、企画からずっと相談し、原稿を預け、ゲラの校正・校閲など、様々な手をかけてくれた恩義があるのも間違いはないので、過去の出版物をボイジャーで電子化する場合は、元の本を出してくれた出版社にもギャランティを渡す契約にしているそうです。最低は10%で、出版権が残っているかどうか、市中在庫があるかどうか、電子化の際に元データを提供して貰えるかどうかなどによって、条件は変わるそうです。

余談ですが、このやり方は、漫画家の鈴木みそ氏がKindleダイレクト・パブリッシングを利用する際に、出版社へ持ちかけた前例があります。鈴木氏は自分で直接交渉したようですが、池澤氏の場合は著作権管理会社がエージェントとして交渉を担当しています。

池澤氏のように既に実績がある作家とのビジネスは、「なるほど!」と思える内容でした。ただ、残念ながらRomancerに関しては、鎌田氏から簡単な説明と、参考資料が配布されただけでした。記者会見を聞きながら資料を読んでも、Romancerのウェブサイトをざっと確認しても、Romancerを具体的にどうやってビジネスに結びつけていくかは分かりませんでした。

そこで記者会見後に、鎌田氏へ直接質問をぶつけてみました。「池澤氏との話はよく分かるのですが、Romancerのビジネスモデルが見えないのですが? 例えば、Kindleストアや楽天Koboなどへの配本(ディストリビューション)はやらないのですか?」と。答えは、現時点ではまだ準備できていないですが、検討はしています、とのことでした。

※池澤夏樹氏の電子書籍に対する考えについては、今年の国際電子出版EXPOのボイジャーブースで行われた以下の講演も参照のこと。

誰でも簡単に無料でEPUBが作れる

現状のRomancerは、どのようなサービスなのでしょうか。大きな特徴としては、Wordファイルをアップロードすれば誰でも簡単にEPUBへ変換できる点と、基本的に無料で利用できる点が挙げられます。変換したファイルは、Romancerのウェブサイトで公開するかどうかを選べます。ただし、現時点では無料公開のみとなっており、販売はできません。公開されたファイルは、「BinB」ブラウザビューワによって誰でも簡単に読むことができます。ただ、公開される場所も「作品紹介」→「新着順」とやや奥まったところにあり、無料公開による宣伝効果が見込めるかどうかは少々疑問です。

Wordファイルをアップロードして「正しい」EPUBに変換できる(クリックで拡大)。

縦書き/横書きどちらにも対応していたり、縦書き時の2桁数字を縦中横指定にできたり、目次を自動生成できたり、書誌情報(メタデータ)を追加して奥付けにできたり、EpubCheckしているのでストアでエラーにならない正しいEPUBが書き出せたり、ビジュアルエディタ(WYSIWYGエディタとHTMLソースを直接編集できるモードが切り替えられる)が使えたり、表紙用の画像を3D風に変換できるツールがあったりと、制作ツールとしては充分な機能を備えています。

ビジュアルエディタで編集してEPUB変換することも(クリックで拡大)。

しかし、パブーやBCCKSなど、他のセルフパブリッシングプラットフォームと比べると、「簡単に販売ができる」わけではないため、「無料でWordやテキストファイルなどをEPUBに変換できるツール」以上のものではない、というのが正直な感想です。もちろん、EPUBの仕様に詳しくない人でも簡単にEPUBが作れるわけですから、電子出版のハードルを下げる意味はあるでしょう。

ところで、ウェブサイトの「Romancerについて」を改めて確認すると、今後有料での提供を予定している機能として「販売サポート、編集・校正サポート、データ保存容量のアップ、大量のEPUB制作、複数記事の一本化、Google Analyticsコードの埋め込み」などが挙げられていることに気づきました。「編集・校正サポート」という記述を見て最初に頭に思い浮かんだのが、Romancer一般公開の1週間前に「ConTenDo(コンテン堂)」が発表した、個人作家の電子出版サポートサービスです。

そもそも「出版社」の役割って何?

コンテン堂は、読者にお金を払って買ってもらうにはまず何より「内容」が重要だという考えに基づき、出版社のプロ編集者が約1カ月間がっちりサポートして作品を本格的なコンテンツに「進化」させるというもので、基本サポート費用は39万9000円(税別)からとなっています。

宣伝・広告よりも、まず内容が重要だというのは理解できます。しかしその費用負担を著者に求めるとしたら、それはいわゆる「自費出版ビジネス」です。しかも発行されるのは電子版のみ。仮に印税率を40%としても、販売価格1000円で1000部を販売してようやく基本サポート費用が回収できる計算になります。さらに、リリースを読む限り、基本費用に宣伝・広告は含まれていないようです。正直私には、この費用を回収できる算段が立てられません。

ところで、紀伊國屋書店の高井社長は昨年11月の図書館総合展で「本の制作から流通まで、出版市場はすべて読者が本を買ったお金によって成り立っています」という話をしていました。出版社は本を出すのにあたり、編集・校正・デザイン・装丁・印刷・製本・物流など様々なコストを負担します。そういうリスクを負っているからこそ、「出版権」という独占排他の強い権利を与えられます。たくさん作品を出してヒット作でリクープするというギャンブルだからこそ、印税率が10%という低率でも許容されてきました。取次から「前借り」して自転車操業……という話もありますが、最終的なリスクは出版社が負っています。

電子出版のプラットフォームも、ほとんどは「読者が本を買ったお金」が原資というモデルです。紙の本との大きな違いは、取次の金融機能が存在せず、完全に売れた分だけが原資になる点でしょう。Kindleダイレクト・パブリッシングも、今年の東京国際ブックフェアで年内開始が正式に告知された楽天Koboライティングライフも、作家は費用を負担せず、売れた分から手数料を引いた残りを印税として受け取るスタイルです。別途有料オプションが付いている場合もありますが、せいぜい数百円レベルです。

しかし、自費出版ビジネスは「読者が本を買ったお金」ではなく、作家が費用負担することで出版社のリスクを軽減する仕組みです。Googleで「自費出版」を検索すると、「詐欺」「トラブル」といった穏やかではないキーワードがサジェストされるほど、過去にはさまざまな事件が起きています。特定商取引法違反で業務停止命令を出された、自費出版専門の出版社もあります。もちろん、ちゃんとした自費出版ビジネスを行っている企業もありますから、一部の悪徳業者が全体のイメージを悪くしているだけかもしれません。

そもそも「出版社」の役割って何でしょうか? 実は2012年の東京国際ブックフェアで、「電子書籍時代に出版社は必要か?」というシンポジウムが行われました。登壇者は、漫画家で「Jコミ」代表の赤松健氏、専修大学教授で出版デジタル機構会長(当時)の植村八潮氏、著述家でFREEex代表の岡田斗司夫氏、日本文藝家協会副理事長の三田誠広氏、そして司会は弁護士の福井健策氏という錚々たる顔ぶれ。今後の出版社はどういう役割を果たすべきかという議論で、非常に刺激的な内容でした。

その時、福井氏が議論を整理するため、以下のような「出版社機能論」を提示しました。最終的に議論は、10年後に今ある出版「社」の形はなくなるかもしれないけど、これらの機能は別の形(作家自身が出版「者」となる場合も含め、別のプレイヤーが担う可能性もある)で残るだろうという話になりました。どの機能が残るか? というのは、登壇者それぞれ立場が違うため、意見もさまざまでした。

 ・(新人の)発掘・育成機能
 ・企画・編集機能(作品の創作をサポート)
 ・ブランド機能(文学賞や雑誌媒体に代表される信頼感)
 ・プロモーション・マーケティング(広告・宣伝)機能
 ・(メディアミックス展開などの)マネジメント・窓口機能
 ・(初期コストと失敗リスクを負担する)投資・金融機能

あれから2年。Kindleストアが日本へ上陸したり、漫画誌の休刊が相次ぐなど、この僅かな間にも状況はかなり変化しています。「貧すれば鈍する」と言いますが、印刷部数の虚偽報告をして印税を誤魔化そうとしたり、ろくに校正していない本が流通してしまったり、Twitterの投稿を無断使用するなど、出版社のブランドを毀損するような事件もたびたび起きています。また、池澤氏の著作権管理会社イクスタンや、講談社を飛び出した佐渡島庸平氏らが立ち上げた出版エージェント会社コルクのように、従来は出版社が担ってきた機能を外部で果たす動きも出てきています。

そういった中で、作家自身が費用負担することで出版社のリスクを軽減するやり方は、出版社としても大歓迎でしょう。もしかしたら作家にもニーズがあって、自費出版も今後は許容されていくのかもしれません。ただし、電子出版では印刷・製本など、紙に固有のコストは不要になります。その上、編集・校正などの費用も作家が負担するのであれば、当然のことながら本が売れた時にその収益を出版社へ配分する根拠が強く問われることになるでしょう。

今後、ボイジャーがRomancerで、具体的にどのようなビジネスモデルを構築しようとしているかは、まだ分かりません。ただ、「有料を予定している機能」の中に、「編集・校正サポート」という記述があるのを見て、これまで述べてきたような出版社の機能と費用負担と収益配分について、思いを巡らさずにはいられませんでした。

取次を経由しない流通や新たな資金調達手段

さて、「本」の流通の形は、取次・書店ルートや電子出版だけではありません。雑誌連載を打ち切られた漫画家が「同人ショップ網を活用した、オリジナル作品のインディーズ出版」というやり方に気づき、クラウドファンディングで単行本発行資金を集めた事例があります。『あにめたまえ!天声の巫女』のRebis氏です。

同人流通を使ったインディーズ出版!?:雑誌連載終了→作者が独自にWeb連載の漫画「あにめたまえ!」 単行本の一般予約開始

取次口座開設は非常にハードルが高い上、書店への流通部数は大きなコスト負担が必要です。Rebis氏が述べているように、個人でやろうとしたら「金銭的にも仕事的にもつぶれてしまう」可能性が高いでしょう。しかし、少部数なら同人流通を使うという選択肢も、今なら存在するのです。紙にこだわるなら、オンデマンド(注文された分だけ)印刷という手もあります。

また、費用負担に関しても、クラウドファンディングによる事前予約のような形で読者から資金を集め、出版社や著者のリスクを軽減する方法も今後は充分あり得るでしょう。大正末期に発生した円本ブームは、改造社が企画した『現代日本文学全集』の予約販売がきっかけだったと言われています。Rebis氏は個人でCAMPFIREを使い109万2500円の資金を集めましたが、出版社自身がクラウドファンディングをやるという方向性もあり得るのかもしれません。

さて、これからの時代に出版社のレゾンデートル(存在意義)はどこにあるのでしょうか?

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