4月21日に、国立国会図書館のデジタル化資料を活用した「NDL所蔵古書POD」が、インプレスR&Dから発表されました。実はこのニュースを受けて、変電社の持田泰さんとFacebook上で議論になりました。持田さんが、このインプレスR&DのNDL所蔵古書PODのように「変電社文庫」を作ってみたいが、国立国会図書館とどうやって話を付ければいいのだろう? という投稿をしており、そこへ私が「パブリック・ドメインなら許諾不要では?」とコメントしたのが議論の発端でした。
実は当時、国立国会図書館のデジタル化資料を利用するには、パブリック・ドメインの作品でも転載依頼フォームからの申し込みが必要でした。私は「それってパブリック・ドメインの意味がない」という意見、持田さんは「でもそういうルールになっているのだから、煩雑であろうとちゃんと申し込みは必要だ」「外部からの妙な抗議で、せっかく公開したデータがまた非公開になってしまうのも困る」という意見。結局この時の会話は平行線のまま、なんとなく終了しました。
その10日後、「国立国会図書館ウェブサイトのコンテンツのうち、著作権保護期間を満了と明示している画像については、転載依頼フォームからのお申込みが不要となりました」というお知らせが出たのを見つけ、慌てて持田さんにFacebookで連絡をしました。なんという急展開。「よし、こうなったら取材だ!」ということで、国立国会図書館へ取材に行ってきました。
申し込みを不要とした経緯は
さっそく、転載依頼フォームからの申込みが不要になった経緯をお伺いしました。そもそも申し込みを必要としてきたのは、ユーザーが誤解して利用するリスクを軽減することが目的だったそうで、デジタル化を開始したころからずっと「不要ではないか」という議論もしてきたとのこと。政府のオープンデータ化の方針もあり、サイトポリシーに十分な説明と注意事項を掲載することでユーザーが誤解しないようにすれば手続き不要にしてもいいだろうという判断から、申し込み不要に切り替えたそうです。ちなみに2013年度には約6000件の申し込みがあったそうです。
念のためと思い確認をしたのですが、(保護期間満了)と表示されたパブリック・ドメインの資料の二次利用は、商業目的であろうと許諾は不要とのことでした。つまり、インプレスR&Dの「NDL所蔵古書POD」や、『エロエロ草紙[Kindle/iBooks/楽天kobo版]』のようなビジネスを目的とした利用であろうと、誰でも自由に無許諾で行えるということになります。もっとも、著作者人格権は保護期間満了後も消滅しないため、公表権、氏名表示権、同一性保持権を侵害しないよう注意する必要はあります。
なお、「国立国会図書館デジタルコレクション」や「近代デジタルライブラリー」で(保護期間満了)と表示されている資料は、国立国会図書館自身が保護期間満了を確認したものに限られています。そのため、「図書館向けデジタル化資料送信サービス(通称、図書館送信)」や国立国会図書館館内限定閲覧になっている作品に、「こりゃどう考えてもパブリック・ドメインだろ」というのが混ざっている場合があります。そういう作品の二次利用は「ご自身の責任において行ってください」とのことでした。
また、権利者の許諾に基づき公開されている資料や、権利者不明として「文化庁長官裁定」に基づき公開されている資料は、パブリック・ドメインの資料とは扱いが異なり、第三者が利用したい場合には権利者を自分で探して自分で許可を得たり、権利者不明であることを疎明して裁定を受けたりする必要があるそうです。ただ、複数の著者が存在する本の場合、一部がパブリック・ドメインになっている場合もあるので、分からない場合は転載依頼フォームから申し込んでほしいとのことでした。
限定公開資料の画像提供や録音資料のデジタル化も
今後の予定について尋ねてみたところ、館内・図書館送信限定公開資料の画像提供や、録音資料のデジタル化に取り組みたいとのことでした。館内・図書館送信限定公開資料の画像は、利用者側が権利処理を行うことが前提となりますが、絶版本の復刻をする際の元データとしての利用が想定されていて、現在、使用料の要否も含めて検討中とのことです。図書館送信の利用統計は公開されているので、閲覧数の多い本の復刻といった活用方法が考えられるでしょう。
また、現在「歴史的音源(れきおん)」で公開されている音源は歴史的音盤アーカイブ推進協議会(HiRAC)によって主に国内の主要なレコード会社に残っていたSP盤がデジタル化されたものであり、国立国会図書館自身が所蔵しているカセットテープなどの録音資料はまだデジタル化できていないそうです。2009年度と2010年度の大型補正予算計137億円で大規模デジタル化が図られたものの、2013年度のデジタル化関連予算は約2300万円とかなり厳しい状況になっています。2012年度国家予算は一般会計90兆3339億円、そのうち文化庁予算はたったの1020億円。諸外国と比べ、日本の文化予算はやや低めだということは指摘しておかねばならないでしょう。
※出典:ともに野村総合研究所「諸外国の文化政策に関する調査研究報告書」
国立国会図書館ウェブサイトのインターフェイスも、たとえば歴史的音源(れきおん)はAdobe Flashを使っているので、モバイル端末からの利用が困難です。ただ、HiRACとの契約がストリーミング再生を条件としているため、サービスを構築した時点で広く普及しており比較的安価に提供できる手段として、Adobe Flashを選んだそうです。当然、システム改修には予算が必要なので、こういった改修も「順次」行っていくしかないのが実情です。
たとえば、大英図書館がFlickrを利用して数百万点の画像を公開しているように(上図)、国立国会図書館も外部のサービスを利用する、という手段も考えられなくはないでしょう。ただ、特定サービスの決め打ちは公正性や透明性の観点から問題があり、仮にやるとしたら公募のかたちなどが考えられるだろう、とのことでした。逆に、Googleのような企業が勝手にクロールして画像データを持っていく可能性もありますが、インターネット上で公開している以上、それは防ぎようがないとのことでした。
TPP交渉の行方と著作権
ちょうどいまTPP交渉が行われ、知財分野では著作権保護期間を死後70年へ延長で合意するのではないかという観測報道が流れました。死後70年へ延長するだけではなく、遡及適用されるのではないかという報道までありました。仮に保護期間が延長され、さらに遡及適用されると、現時点で国立国会図書館ウェブサイトで(保護期間満了)となっている資料の一部が、館内限定公開に逆戻りしてしまいます。
もし遡及適用がなかったとしても、新たにパブリック・ドメインになる作家が登場しない20年間を過ごすことになります。また、今でも問題になっている孤児作品(オーファン・ワークス)問題が、もっと酷い状況になってしまうでしょう。TPPは自由貿易協定のはずなのに、なぜか知財分野はアメリカの意向により、規制を強化する方向へ進もうとしています。最近の報道や国立国会図書館への取材を通じて、こういったおかしな話にはきっちり「おかしい!」という声を上げていかなければならないという思いを強くしました。
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執筆者紹介
- フリーライター。日本独立作家同盟理事長。実践女子短期大学非常勤講師(デジタル出版論/デジタル出版演習)。著書『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(インプレス)。
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