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ロンドン・ブックフェア2014報告

毎年恒例のロンドン・ブックフェア。今年は4月8日から10日までの三日間、例年のとおりアールズコートを会場にして開催された。世界中から集まった2万5000人を越える出版関係者が訪れた。

フランクフルト・ブックフェアよりは規模が小さいが、一人で回ってみると見切れないぐらいほどのイベント(250以上のセミナー、ワークショップ)や展示ブースがある。個人的に関心がある「作家」および「自己出版」「電子書籍などのテクノロジー系」のキーワードを手がかりにして回ってみた。

「自分で管理」、広がる電子書籍の可能性

昨年のブックフェアを取材した記事(ロンドンブックフェア2013報告)の中で、作家たちが結束し、同盟を作っているという話を紹介した。その後、日本でも有志が立ち上がり、インディーズ作家の団体「日本独立作家同盟」ができたと聞く。非常に喜ばしい第一歩である。

インディー団体の立ち上げや作家たちの根城として、ブックフェアでの「作家ラウンジ」の設置を主催したのは、作家たちを支援する組織「オーサーライト」(Authoright)であった。だが今年、オーサーライトは直接にはフェアに関わっていない。消えてなくなったからではない。昨年の「作家ラウンジ」が大成功となったため、今年2月、「ロンドン作家フェア」を開催し400人ほどの作家が参加。チケットは売り切れの人気だった。つまり、ブックフェアという場所を借りなくても自分たちでイベントを堂々と開けるまでに成長したのである。

オーサーライトのジェネラル・マネジャー、エマ・ロウ(オーサーライト提供)。

会場にやってきたオーサーライトのジェネラル・マネジャー(マーケティング担当)、エマ・ロウ(敬称略、以下同)に話を聞くと、「出版体制に流されるのではなく、自分で自分の作品を管理したいという思いが、既存の作家の間で強い。作家も、これから本を出したいと言う人も、自己出版=セルフ・パブリッシングに熱い視線を寄せている」。将来的には、出版の経験が浅い作家・あるいは作家志望者のためにもイベントを開催する予定だという。

日本でインディーズ作家の団体が結成されたと伝えると、とても喜んでくれた。「ぜひ、現状や今後の発展ぶりを教えてほしい」「将来は東京でも作家フェアを開いてみたい」という言葉も出た。

ワークショップ「出版の紹介」

さて、今年、オーサーライトに代わって作家のコーナーを作ったのは米アマゾンだった。「作家本部(Author HQ)」という看板をつけたコーナーは、昨年のように二手に分かれた形となっている。左側が書くことについてのワークショップ用で、右側が作家、出版関係者、エージェントなどの交流用だ。

「出版の紹介」のワークショップ(右からムシェンス、ウィズダム、オコナー、ボトムリー)の各氏。

ロウが口にした、書き手が「自分の作品を管理したい」という気持ち、「自己出版への熱いまなざし」は、今年のテーマの一つであるように感じた。昨年はまだ、アマゾンの(電子書籍の)自己出版の仕組み「キンドル・ダイレクト・パブリッシング(KDP)って、何?」という感じだった。だが今年は「自己出版を意識してから2年目」という落ち着いた雰囲気であった。

KDPで電子書籍が出せ、紙で出したければ同じくアマゾンのオンデマンド出版「クリエイティブ・スペース」もある。この二つと既存の出版社を通した出版(紙と電子だが、主に紙)とでは、どちらがいいのか、どこが違うのかをしっかりと知りたい、ということなのだ。

そこで、作家本部での最初のワークショップ「出版の紹介」に出て、じっくりと議論を聞いてみた。座席はすべて埋まり、後ろで立ち見の人もたくさんいた。

パネリストはリテラリー・エージェントのジュリエット・ムシェンス、独立系出版社のセーラ・オコナー、大手ハーバーコリンズのジュリア・ウィズダム、独立系書店を営むニック・ボトムリーの4人である。

対話の口火を切ったのはエージェントのムシェンス。彼女の仕事であるリテラリー・エージェントは、作家と出版社に間に立ち、出版されるまでの過程のあらゆることについて作家の面倒を見てゆく。まず、作家が出版を希望する本のドラフト(草稿)を作家ともに細かく見てゆく。人物設定、構成など、そして文章を1行ごとに作家とともにチェックする。

また、必要に応じて文章をリライト(書き変え)してもらう。出版社に持っていき、「これなら出版したい」というものを作るために、この部分にかなりの力を傾けるのだ。この作業の後で、これはと思う複数の出版社に見本となる章を送り、様子を見る。どこの出版社ならこんな本を……という情報は、頭にしっかり入っている。ころあいを見て出版社に連絡し、反応を探る。それを作家に伝え、作戦を練るのだという。

エージェントは、出版社が作品の出版を望み、作家に契約金を申し出たとき、その金額の判断や条件も作家と一緒にチェックする。「著者は一つの出版社から申し出を受けると、すぐにそのまま金額を受け入れてしまいがち」だという。ムシェンスはエージェントとして、ほかの出版社からの申し出と比較したり、条件を細かくチェックする。「契約書の読み方、細かいニュアンスが自分にはよく分かる」。

ハーパーコリンズのウィズダムは自身の仕事について、部下3人を含めた4人体制で、15人の作家の面倒を見ているという。どの本を引き受けるかを決める際に、「何が売れるかは、本当のところは分からない。客観的なマーケットデータよりも、自分の主観を大事している」そうだ。

関心がある作家にはエージェントとともに出版社に来てもらって、互いをよく知る。前払い金をエージェントと交渉し、契約書を交わしたら、出版にこぎ着けるまでに「まるで軍事作戦を実行するかのような緻密な計画の下、作業が進む」。

出版社でも作品には書き直しの指示や、編集の手が入る。出版社側と作家側との間でもっとも熱のこもった議論があるのは「表紙をどうするか」を決めるときだそうだ。「お互いに、どうしても感情的になってしまう」

独立系の児童書籍出版社ホット・キー・ブックスのオコナーは「本を出版するまでには四つの段階がある」と述べる。「書く、エージェントによるリライト(書き直し)、出版社でのリライト、出版だ」。なかでも絶対にしなければならないのは「編集だ」。

セルフ・パブリッシングと既存の出版社を通じての出版の違いは、後者の場合「本を作る専門家から無料でアドバイスがもらえる、PRをしてもらえる、前払い金をもらえる」点にあるとオコナーは言う。前者は「自分ですぐに手をつけられる」。出版の選択肢は広がっている、だが「編集を必ずすることが鍵だ」と念を押した。

大手出版社のルートを通さずに本を売りたいなら、独立系書店で販売してもらうことも一つの手だ。そんな書店チェーンを経営するボトムリーは、「店舗に直接本を持ってやってくるより、まずはメールで連絡してほしい」。また、それぞれの書店には主として扱う本の範疇があり、「その書店に自分の本が並べられる可能性があるかどうかを研究してほしい」。数多くの本が配本されるので、まだ著名ではない作家の場合「本のタイトルが中身をよくあらわすものになっていると、ありがたい」という。

アマゾンのさらなる動き

「作家本部」の真向かいにあるのが、アマゾンのブースだった。セルフ・パブリッシングのKDPをはじめ、「自分で書いて自分で売る、自分で書いたものは自分で管理する」がテーマだ。

アマゾンのサービスを利用すれば、電子書籍を自分で作れるKDPのほかに、プリント・オン・デマンド・サービスの「クリエイティブ・スペース」があり、このほかに英国で初めて導入されることになった、オーディオブック作成サービスのACXがある。ACXとは「Audiobook Creation Exchange(オーディオブック・クリエーション・エクスチェンジ)」の略だ。「オーディブックの制作市場」という意味になりそうだ。

オーディブルのオーディオブック制作サービスを紹介するリーフレット。

2011年5月、米アマゾンの子会社でオーディオコンテンツの制作・販売専門会社オーディブル(Audible)が提供を開始していたが、この4月から、英国でも利用できるようにした。これはもともと、すでに本を出した作家が、自著をオーディオブック化するために生まれたサービスだ。紙で出版された書籍のほとんどはオーディオ化されておらず、眠れる資産となっていた。

昨年のロンドン・ブックフェアで、視力の不自由な方がオーディオブックを楽しんでいるというセッションに出た。このとき、どのオーディオブックも声がいまいちでつまらないという声を聞いた。アマゾンのACXでは、著者あるいは著作権保持者・出版社が、自分の本を読んでほしい人を選ぶことができる。募集をかけて、オーディションをし、気に入った声優を選ぶ。印税は売上の40%(オーディブルなどアマゾン系列のみでの専属販売の場合)から25%(iTunes Storeなどほかでも売る場合)という。

資料を読むと若干、制作には時間がかかりそうで、「簡単にできる」ようには思えなかったが、オーディオブックの制作、俳優、著者あるいは出版社など、さまざまな人を巻き込むビジネスになり、新しい仕事が生み出される感じがした。

また、KDPで本を出した人がオーディオブック制作も行う場合も増えており、手短に言えば「自分のオーディオブックを自分で作る」ことにもなる。文章で意味を伝えるだけではなく、音に凝った本を作る人も出てくるのではないだろうか。語学の勉強や視力の不自由な人にも役立ちそうだ。今のところ、米英のみでのサービスだが、今後はほかの言語にも広がらないだろうか?

ちなみに、昨年、ベスト・オーディオブック賞に選ばれたのは、映画『英国王のスピーチ』(トム・フーパー監督、2010年)で主演した俳優コリン・ファースが読むグレアム・グリーンの『情事の終わり(The End of the Affair)』だったそうだ。

「定額読み放題」サービスも登場

ほかにも、面白い試みはいくつもあったが、電子書籍がらみで言うと、スウェーデン発祥の「Readly(リードリー)」というサービスに興味が引かれた。これは、音楽配信サービスで人気のSpotifyのように、毎月、一定の金額を払って、電子書籍が思う存分読める、というものだ。

約9ポンド(日本では1500円ぐらい)で、何冊でも読める。これを高いと思うか安いと思うかは個人の感覚しだいなのだが、ポイントは、5台までの端末で読める点だ。本のレパートリーには子供の絵本をたくさん扱っており、家族で読むことが可能になる。「若い人が本を読まなくなっている。これを機会に、読む習慣を身につけてほしい」というのが開発者の願いだ。

私が今住む英国ではタブレットの普及率は約30%。スマートフォンばかりかタブレット(キンドル端末も含め)が広く普及していることを前提としてのサービスだろう。

Readlyは電子書籍の「定額読み放題」サービス(Readly社提供)。

さきのワークショップの中で、編集の重要性が語られていたが、今年、私自身もしみじみとそう思った。

過去3年間、立て続けにロンドン・ブックフェアを訪れ、毎年、私はKDPの本を手にしてみた。正直にいうと、値段が安すぎる、内容がいまいちではないかといつも思ってきた。でも、それはあくまで個人的な思い・観察であり、この感想がどれほど一般的なものかは「?」という部分もあった。たくさんの(英語の)KDPの本を読んだわけではないし、何しろ、自分は特に英語の本読み専門というわけでもないからだ。

昨年はKDPをプリント・オン・デマンドにした本を2冊もらい、今年も1冊、もらってきた。読み出したら……最初のページで脱落した。これもベストセラーの一つのはずだが。なぜ脱落したかと言うと、主人公が検視官なのだが、どう読んでもこれが検視官の言葉には聞こえないのである。

アマゾンのブースにはアマゾンが旅費を払って呼ばれてきた、KDPのベストセラーの作家たちが集まっていた。どのようにして出版したのかなど、さまざまな質問が飛んだ。私は「質をどうやって維持したのか? ほかにもたくさんのKDPの本が出ている。どこがほかの本と違うのか」と聞いてみた。「校閲を互いにやったから。何度もやったわよ。ね?」と互いにうなずきあう。

「校閲=プルーフリーディング」のみではなく、構成まで含めた編集までしなくてよいのだろうか? 私自身がKDPで作った秀逸な本にまだめぐり合っていないだけなのだが、数が増えれば、よい本も増えるのだろう。自分がKDPかあるいはほかの形でいつかセルフ・パブリッシングするかどうかは分からない。でも、関心はある。そして、自己出版の道を選ぶなら、編集してくれる人を見つけ、しっかりとやってもらおう、そのためにお金をためておこう――そんな決意を新たにした今年のブックフェアだった。

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執筆者紹介

小林恭子
在英ジャーナリスト&メディア・アナリスト。英字紙「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)の記者を経て、2002年に渡英。政治やメディアについて各種媒体に寄稿中。著書に『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)など。個人ブログ:英国メディア・ウオッチ
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