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ブックフェアを見て歩いた3日間

2013年7月3日から5日まで東京ビッグサイトで行われていた「第17回 国際電子出版EXPO」へ、私は3日間とも足を運びました。同時期に併催された「第20回東京国際ブックフェア」とあわせ、私が取材した展示内容やセミナーは以下の記事にまとめてあります。

・乾電池駆動の電子ペーパー端末「honto pocket」、ハルヒ11作品入りで書店販売? -INTERNET Watch
・Kindle国内責任者が語る「電子書籍の理想郷」、現状と課題は -INTERNET Watch
・「紙も伸びる」「自己出版の隆盛」電子書籍キープレイヤーが占う未来 -INTERNET Watch
・日本の電子書籍、普及の課題は「ディスカバラビリティ」 -INTERNET Watch
・山田順さんによる国際電子出版EXPOセミナー「電子書籍、プラットフォームはそろった!ところで読者の本音は?」まとめ : 見て歩く者 by 鷹野凌

気になる「不在」のプレイヤー

全体の印象としては、来場者も多く盛況だったように思うのですが、主要な電子書店が出展していないという事実について触れないわけにはいきません。海外組では、ここ1年の間に次々と日本上陸を果たした Amazon(Kindle)、Apple(iBookstore)、Google(Playブックス)が、国内組ではソニー(Reader Store)、シャープ(GALAPAGOS STORE)、富士通(BooksV)などのメーカー勢や、紀伊國屋書店(Kinoppy)、イーブックイニシアティブジャパン(eBookJapan)、去年は出展していたヤフー(Yahoo!ブックストア)も今年は姿がありませんでした。

そういう事情もあってか、アマゾンジャパンKindleコンテンツ事業部長の友田雄介氏が登壇したセミナーは、会期中で最も注目を集めていたように思います。東京ビッグサイト会議棟1階のホールが超満員でしたし、セミナー後に名刺交換を求める人で大行列ができていたのも印象的でした。「紙と電子版を同時発売することで、売上が伸びます」ということを、実例を挙げて説明していたのが出版社向けには説得力があったことでしょう。

また、去年は国際電子出版EXPOに出展していた大日本印刷(honto)とBookLive(上の写真)が、今年は東京国際ブックフェアへ移動しており、昨年も東京国際ブックフェア側だった楽天(kobo)や廣済堂(BookGate)やKADOKAWA (BOOK☆WALKER)などと合わせ、「東京国際ブックフェアが電子書店に侵食されている」というような印象を持った方もいるようです。

個人的には、一般読者向けの展示内容はすべて東京国際ブックフェア側に、制作システムなど技術的な部分に関しては国際電子出版EXPO側にと、きっちり色分けをした方がわかりやすくていいのでは、と思います。国際電子出版EXPO側に出展していた電子書店のパピレス(Renta!)、東芝(BookPlace)、雑誌オンライン(いつでも書店)や、東京国際ブックフェア側で大日本印刷が制作ソリューションの展示をしていたのは、何か異質なものを感じてしまいました。

あと、あまりじっくり見られなかったメディアドゥのブースで、オープン2ヶ月であっという間にアプリ200万ダウンロードを突破した「LINEマンガ」の事例がかなり詳しく語られていたというのを、後から知って悔しい思いをしました。なかなか全部は見て回れないですね。

ボイジャーブースのトークイベント見聞記

そんな中で、ボイジャーブースで行われていたトークイベントはユニークな登壇者が多く、お世辞抜きで興味深かったです。どうしても時間の都合で、以下の2回しか取材できなかったのが残念です。

■『Gene Mapper』台湾発売の裏側とアジアの電子事情
出演:藤井太洋(作家 / 『Gene Mapper』著者)、董 福興(Wanderer Inc. 創立者)
聞き手:萩野正昭(ボイジャー 代表取締役社長)

今後の電子出版を考える上で、非常に興味深いトークイベントでした。藤井太洋さん(写真右)は『Gene Mapper』を書く時に、SFのようなジャンル小説では日本国内のマーケットは小さいので、初めから海外進出を考えていたそうです。

董福興さん(写真左)と組んで、台湾(人口2500万人)と華僑(世界中で3000~5000万人と言われている)向けに繁体中文版(『基因設計師』)を出したこと。台湾は日本と同じ、世界でも数少ない縦書きを用いる国であること。繁体中文フォントのビューワ表示で縦横回転が統一されていないため非常に苦労をし、最終的にフォントを埋め込んで配信していること。繁体中文版は中国本土でも売られていること。中国本土でKindleストアが始まった時にKDPが停止されてしまったため、価格改定ができなくなってしまったことなど、興味深い話ばかりでした。

中でも、中国本土は海賊版大国なのに、「唐茶」というDRMフリーのマーケットで販売しているにも関わらず、いまのところ海賊版が発生した情報はつかんでいないという話が面白かったです。藤井さんも董さんも、始める前は海賊版が出現するのを警戒していたそうなのですが、ちゃんとお金を払って購入したものは中国人も容易く放流しないようなんですね。結局のところ、買いたくても買えないから、海賊版が出まわってしまうということなのかな、と思います。

中国本土でもちゃんと商売になるとすると、人口13億5000万人という凄まじいマーケットですから、日本語から簡体字へ翻訳して配信というのも、今後は真剣に検討していくべきなのでしょうね。その際注意すべき点があって、繁体字から簡体字への変換は簡単ですが、簡体字から繁体字への変換はかなり難しいそうです。つまり、台湾・華僑向けと中国本土向け両方を視野に入れるのであれば、まず繁体字へ翻訳し、次に簡体字向けに変換をすることで、スムーズにいくとのことです。

なおこれは余談ですが、台湾は1987年まで戒厳令下だったため、それまで出版の自由がなかったそうです。だから、台湾も日本と同じく著作権保護期間は死後50年ですが、まだパブリックドメイン化するような作品がほとんど発生していないそうです。

参考資料:アジアの電子書籍事情(董さんが登壇時に使用したスライド資料)

電子雑誌『トルタル』という試みから見えてきた、”本”の未来

出演:古田 靖(電子雑誌「トルタル」編集長)、川窪克実(川窪万年筆店 店主/「トルタル」寄稿者)
聞き手:仲俣暁生(「マガジン航」編集人)

「トルタル」は無料で配信されている電子雑誌です。編集長の古田靖さん(写真左)は、印刷という技術が「読み手」にとって本を身近にしたように、電子書籍は「作り手」にとって本を身近にするのではないだろうか? ということを思いついたそうです。だから、あまりこれまで本に関わりのない人にこそ、この電子雑誌の制作に参加して欲しいと思ったそうです。詳しくはこちらの記事に、古田さん自身がその思いを書かれています。

・トルタルのつくりかた « マガジン航[kɔː]

古田さんの「原稿料を1円も払っていないのに、なぜみんなこんなに作ってくれるんだろう?」という声が、非常に印象的でした。現在、関わっているメンバーは総勢なんと80名。プロモーション・ビデオまで制作されています。参加している他のさまざまなクリエイターと関わることができるという点で、メリットを感じてもらっているのではないか、とのことでした。

川窪克実さんは、文京区で万年筆職人をやっている方です。10年くらい前に音楽イベントを通じて、古田さんと知り合ったそうです。「トルタル」へは、「万年筆で生活している」という文章を寄稿しています(下図)。

仕事用の原稿を万年筆と原稿用紙で執筆する人は、いまではほとんどいません。川窪さんも、「トルタル」への原稿はパソコンとタブレットを使って書いているそうです。でも、「万年筆はまだオワコンじゃない」という信念で、最新テクノロジーと万年筆との融合というのを試行錯誤されているそうです。

例えば、ペン先に微細なカメラがついているペンで、専用原稿用紙に書くとダイレクトに文字を拾ってくれるような技術があるそうです。そこからの発想で、タブレットに入力できるスタイラス機能付き万年筆を作ってみたそうです。導電性の高い24金製で、頭とお尻にはエボナイトが使われているとか。なんとこの一品物をプレゼントということになり、ブースへの来場者全員とのじゃんけん大会が始まりました。

仲俣さんから、「筆跡というのもリッチコンテンツだから、『トルタル』手書き原稿版なんてどうだろう?」というアイデアも飛び出す、和気あいあいとした楽しいトークイベントでした。なお、「トルタル」最新号である vol.5 は、まもなく配信予定とのことです。(カナカナ書房 電子書籍一覧)

ボイジャーのYouTubeチャンネルでは、トークイベントの動画を公開しています。カメラアングルなどを編集しているので、まだいまは一部だけが公開されている段階ですが、見たくても見られなかった回もあるので、非常に嬉しく思います。

来年は、YouTubeライブで中継というのはいかがでしょう?(提案)

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