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Prime+Fire 2で次のステージを狙うアマゾン

サンタモニカでのKindle新製品の発表を9月6日(木)に控えたアマゾンは8月27日、同社のカスタマー戦略の中核となっているPrimeサービスについての若干の数字を明らかにした(→リリース)。Kindleの実数と同じく、会員数は秘中の秘だが、いくつかの興味深い「擬似情報」が示されている。他方、Kindle Touchの販売が停止され、米国では前面発光型製品への移行の前触れとして受け取られている。供給体制の不備でNook Glowlightの市場投入に失敗したB&Nにはダメージとなりそうだ。

米国のAmazonではPrimeは無料配送以外にも多彩なサービスが。

マーケティング・プラットフォームに成長した
Prime会員プログラム

アマゾン・プライムは、日本ではまだ年会費3,990円で「お急ぎ便」や「日時指定便」が無料配達になる配達オプションだが、米国のPrimeは年 79ドルで配送関連の特典だけでなく、Kindleオーナー向けサービスと結びつけて、動画ストリーミング(Prime Instant Video)、Kindleコンテンツ無料貸出(Kindle Owners’ Lending Library, KOLL)が提供されており、たんなる配達オプションを超えて、販促と顧客サービスを兼ねたユニークなサービス=マーケティング・プラットフォームとなっている。Prime会員はアマゾンでの物品とコンテンツの消費を最大化することが期待されており、コンテンツの無償ダウンロードは有力な手段だ。

Kindleコンテンツ無料貸出(KOLL)もPrimeサービスのひとつ。

このプラットフォームの実態(運用データ)は、最も知られたくないものなのだが、同時にそれこそが(配当を求める株主に対して)シェア至上主義路線を正当化する根拠なので、非公開を貫くと、事業の長期的収益性への疑念を高めることにもなる。そこで僅かな擬似情報(factoid)を少しづつ振り撒き、そのたびにアナリストが推定を行う。会員数について、ブルームバーグが300万~500万人の間と推定すれば、パイパー・ジェフリーのアナリストは1,000万人という具合で、まるでかけ離れている。前者によれば、苦戦となるし、後者によれば順調と理解される。Primeの消費拡大効果を疑問視する見方は聞いたことがないので、問題は会員規模が、他者に真似のできない――多額の投資を擁する――サービスの継続・拡大を可能とするほど順調に伸びているかということになる。アマゾンPrimeに関する今回の発表の要点は以下の通り。

上記の「ヒント」の中で意味を持つのは、Primeが Super Saverを上回ったという点だろう。アマゾンは詳細な「達成指標」を設定しているので、売上が拡大する中でPrimeが主要な配送オブションとなったことを示す上記のヒントもそうしたマイルストーン(中間目標値)と思われる。つまりPrimeが消費のプラットフォームとして機能しているということだ。

21世紀のビジネス・プラットフォームとは
「顧客・サービス複合体」である

ここでかなり多様な意味を持つようになった「プラットフォーム」という言葉について解説しておきたい。「何かを載せたり飛ばしたりする土台あるいは機能」を意味するこの言葉は、IT業界がハードウェアやOSに使って以来、PCの普及もあって、一般にもコンピュータに絡むものと理解されてきた。だからE-Bookビジネスのプラットフォームといえば、KindleやiPadなどのデバイスとブラウザがそれにあたると考えられ、これらを模倣した「国産プラットフォーム」が構想された。

実際にはこれらはビジネスの土台にはならなかった。現在では総合的なサービス機能をWeb上で提供する「クラウド」がプラットフォームであると考えられている。これはE-Bookビジネスの必要条件だ。しかし十分だろうか。アマゾンはそう考えなかった。クラウドは(力さえあれば)誰でも構築できる。それに必要な力もどんどん小さくなっていく。そんなものはプラットフォームにはならない、というのが(最強のクラウドを持つ)アマゾンの発想だ。

アマゾンの発想するプラットフォームはITシステムを離れているのである。一言でいえば「顧客」だが、要は「顧客を(Webを通じて毎日)繋ぎ留めておく仕組み」である。雨あられのようなDMだけではない、配送料を意識させない(顧客から見てストレスフリーな)正確・迅速な配送サービスは、いまや一般小売業界にも脅威を与えているが、これこそ他社が対抗できない重要なプラットフォームなのだ。アマゾンのプラットフォームのパフォーマンスは、Webでのトランザクションの数。そしてインターネットや地上の配送センターを通じて届けられる商品の数、決済金額などでしか計測することはできない。出版社であろうと古書店であろうと、あるいはアップルのようなライバルであろうと、このアマゾンのプラットフォームを無視できないのはそのためであろう。配送サービスが買い物の主要な付加価値であることは、これまで見過ごされてきた。書店の没落の大きな原因の一つでもある。

アマゾンの設備投資の焦点は、一貫して配送センターとクラウド・サーバである。前者は配送商品を増やすことで効率を高め、後者は無料サービスによって消費を喚起する。そのバロメーターとなるのは、会員数と利用数だろう。Prime会員は80ドルを取り返すために無料配送を利用し、無料コンテンツを楽しみながら、購入窓口をアマゾンに集約する。アマゾンの投資は消費の増加によって回収される。来週発表されるKindle Fire 2は、1ヵ月トライアル・キャンペーンを含むのでPrimeを100万人単位で増やす機会となる。昨年のキャンペーンがどのくらいの新規会員を獲得したかは、ホリデーシーズン後の売上の数字に反映されるだろう。前年比30%台の増加なら順調。20%台前半以下ならやや問題あり、ということか。

アマゾンのプラットフォームが、Kindleでもクラウドでもなく、無数のサービスから成る「顧客を繋ぎ留める仕組み」なのだ、ということはもっと知られてよい。アマゾンの顧客は、本だけを買う存在ではないし、ましてE-Bookだけを買う存在でもない、生活し消費する存在だ。しかし不特定多数ではない。何億人になろうと、アマゾンの顧客は特定の具体的存在なのだ。コミュニケーションのベースが「匿名のnから特定のxへ」移行する21世紀にあっては、顧客が最も重要な価値の源泉となる。出版社であろうと書店であろうと、アマゾンとは別な独自の仕方で「顧客を繋ぎ留める仕組み」を構築することを考えるべきだろうと思う。

※この記事はEbook2.o Weekly Magazine で2012年8月30日に掲載された記事「Prime+Kindle Fire 2で次のステージを狙うアマゾン」を、著者に加筆いただき再編集のうえ転載したものです。

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執筆者紹介

鎌田博樹
ITアナリスト、コンサルタントとして30年以上の経験を持つ。1985年以降、デジタル技術による経営情報システムや社会・経済の変容を複合的に考察してきた。ソフトウェア技術の標準化団体OMGの日本代表などを経て、2009年、デジタルメディアを多面的に考察するE-Book 2.0 プロジェクトに着手。2010年より週刊ニューズレターE-Book2.0 Magazineを発行している。著書に『電子出版』(オーム社)、『イントラネット』(JMA)、『米国デジタル奇人伝』(NHK出版)など。情報技術関係の訳書、論文多数。2013年、フランクフルト・ブックフェアで開催されたDigital Publishing Creative Ideas Contest (DPIC)で「グーテンベルク以前の書物のための仮想読書環境の創造」が優秀作として表彰された。
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