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第1回 本で床は抜けるのか

木造二階建てアパートの二階にある4畳半の部屋に仕事場を移したところ、畳がすべて荷物で埋まってしまった。部屋の壁際三辺は立て掛けた本棚や分解した机で覆われ、部屋の大部分を占めるそれ以外のスペースは高さ約30センチの本の束で埋め尽くされた。

部屋の真ん中にいる僕の足元は見えない。本の束と束の間にかろうじて足を突っ込んでいるからだ。足に泥は付着しないが、ぬかるみに膝下をずぶずぶ突っ込んでいるようなものだ。部屋の中を移動するには本の束から足を引き抜いて、本の束を踏み台にするか、つま先がやっと入るかどうかのすき間に無理矢理足を突っ込むしかない。

不安のはじまり

床が本で埋まっているというのに不思議と焦ってはおらず、床が抜けるというケースはまったく想像していなかった。むしろ運び終えたことに安堵していて、時間をかければ何とか片付くだろ、と呑気に考えていた。

運搬を手伝ってくれた便利屋スタッフが帰りの車中、運転しながら僕に言った。

「よく思い切りましたね」

含みを持たせた言葉にたちまち安堵感はしぼんだ。言葉の真意が知りたくなった。

部屋のサイズと荷物の量が見合っていない、ということを暗に言っているのだろうか。具体的な言い方でないのは、客である僕の心証を悪くしないように言葉を選んでいるからなのかもしれない。

単刀直入に問い質した。

「もしかすると床が抜けるってことですか」
「いや、そういうわけではないですよ」
「床抜けした家の片付けとか頼まれたことってありますか」
「それはありませんね」

床が抜けるほどの荷物を目の当たりにしたからこそ、うっかり「よく思い切りましたね」と口にし、その後、慌てて否定したのではないか。怪しい。やはり床は抜けてしまうんじゃないか。本で埋まった床のことが急に気になり出した。

言われてみれば、確かに荷物の量が完全にキャパシティを越えている。整理のため、部屋の真ん中などに本を積み上げようものなら、床が抜けてしまうのかもしれない。過去の書類を入れた衣装ケースや引き出しをびっしりと突っ込んである押し入れは、さらに危機的だ。約30キロの衣装ケースを上段下段天袋に3、4箱ずつ置いているのだから、それぞれ100キロほどの重さが掛かっていることになる。床が抜ける予兆はすでにあった。引っ越す前の下見の段階で、メリメリと板が避ける音がして、あのとき血の気が引いたのだ。いつベニヤが破れてもおかしくない。

足の踏み場もなかった引越し直後のアパートの部屋。

床が抜けると、落ちてきた荷物で下の階に住む大家が大けがを負ったり、資料が散逸したりするかもしれない。神戸や東北の被災地で瓦礫撤去作業を見てわかったことだが、事故が起これば、資料が貴重かどうかはあまり関係がなくなる。凶器となった資料を一刻も早く取り除かねばならなくなるからだ。明治・大正時代の写真が貼ってある他人から借りたアルバムや、もはや手に入らない希少本といった、なくしてはならない資料は途端に紙くずとなってしまうのは目に見えている。

壁一面に並んだ背表紙を眺めながらアイディアをひねり出す、という行為は紙の本であるが故にできること。所有欲も満たせる。しかし、借りてしまったアパートで、以前同様の本棚の組み方をしたら、最悪、床が抜けてしまうかもしれない。もっと慎重に物件を選べば良かった。ワンボックスカーが家に近づくころ、胸中は後悔の念でいっぱいになっていた。

引っ越し計画

それまでの5年半、新宿にほど近い中野区に、僕は仲間たちと一緒に賃貸の一軒家をシェアしていた。築20年ほどの三階建て4DKという物件である。すべての部屋はフローリング、一階に一部屋と車庫、二階はキッチンと部屋、三階に二部屋という構成になっていた。

引越し前の部屋の本棚。

少し変わった建物だった。僕の部屋の広さは5・5畳(平米に直すと約9㎡)。天井裏はなく、三階の部屋が屋根ぎりぎりのところまで壁となっていた。僕の部屋はその三階にあり、まさにその変わった部分に位置していた。壁面のうち二面が傾斜しているから天井がとても狭いのだ。

傾斜していない方の壁、二面に天井まで届く本棚を建てていた。二つの本棚の寸法は次の通りである。白い突っ張り本棚=幅60×奥行19×最大の高さ243センチ。重さは20キロある。もう一つの本棚=図書館本棚は幅90×奥行29.5(上部17)×高さ215センチ、重量30キロぐらい。後者は天井に突っ張るタイプではなかったが、防災用の突っ張り棒を利用して補強していた。

斜めの天井部分には幅90×奥行30×高さ90センチの本棚を二つ並べていた。それ以外には突っ張り用上乗せ本棚と普通の本棚を日曜工作で連結して使っていた。寸法は幅90×奥行16×高さ140〜156センチである。他には幅90×奥行16×高さ90センチの本棚も利用していた。それぞれの本棚にすき間なくびっしりと本を並べていたことは言うまでもない。

書籍だけに限ってみると、少なくとも1000冊以上、2000冊以下というところである。以前は引っ越しばかりしていたし、長期の取材旅行のため、本はなるべく増やさないようにしていた。本棚はひとつだけ、蔵書の数は500冊もなかった。

2005年に『僕の見た「大日本帝国」』という歴史紀行の本を書くにあたり、資料を集めざるを得なくなった。それ以後は執筆のために必要な資料を毎年100冊以上買うようになった。書くための資料をあれこれ買っているうちに蔵書はみるみる増えていく。本棚を積み上げたり、妻と住んでいる2DKに分散したりしてしのいだ。突っ張り本棚や図書館本棚といった人の背よりも高い本棚は三つに増え、蔵書の数は気がつけば1000冊を超えていた。結婚し、引っ越さなくなったということも、蔵書が増えた原因なのだろう。

その他に次のようなものが部屋にあった。二つの机、デスクトップのパソコン、業務用のレーザープリンタ、腰痛対策にともらってきたバランスチェアと普通の業務用の背もたれ付きの椅子。押し入れやクローゼットはないので、布団はスチール製のラックにむき出しの状態で置いていた。過去に仕事で使った書類や紙に書いていた頃の日記、旅行で手に入れたチケットや地図、写真の現像済みフィルムなどを防湿剤入りの衣装ケースや引き出しに詰め、布団の横に並べていた。

年があけたころから、本の置き場兼作業場用の物件を探すようになった。妻や子供と住む自宅に近くて安いところはないだろうか。不動産屋やネットで条件の合う物件を探した。他に貸倉庫もあたったが、3畳月3万9000円などとスペースの割に賃料が高額なので断念した。古びた建物が多いものの、対象物件数が多く、広くて安い木造アパートに、結局は絞り込んだ。

3週間ほど探して決めたのは自宅から自転車で7分・徒歩で22分、シェアハウスから自転車で十数分・徒歩30分のところに位置する古びた木造二階建てのアパートであった。4畳半しかないが押し入れ付なので、かつて住んでいたシェアハウスの部屋と広さに大差はない。

ワンボックスカーにぎりぎりまで本や本棚を詰め込む。

引っ越しは誰にも頼まず一人だけでやるつもりだった。レンタカー屋で軽トラかワンボックスを借りて、半日かけて作業すれば、一人でもほとんどの荷物を運び出せるはずだ。しかし、その後、やはり一人では無理だという結論に達した。突っ張り本棚と図書館本棚は分解してもかなり長い。側板は成人女性の身長ぐらいある。三階から一階まで、家の壁にあたらないようにしながら、僕一人きりで降ろせるとは思えない。

いろいろ検討した結果、便利屋に来てもらうことにした。車を運転し運び出しを手伝ってくれる作業員一人が来てくれて一時間8,400円というから、一時間で終わればレンタカー代と数千円しか変わらない。

引っ越し当日、便利屋のスタッフがワンボックスでやってきた。確かトヨタのハイエースだったはずだ。この車の積載重量は1000キロ、つまり1トンである。すでに解体が住んでいた突っ張り本棚と図書館本棚を二人で運び、その後はひたすら本の束を一階まで下ろしていく。雪が降り出しそうな曇り空、気温は5℃前後しかなかったが、上着を脱いでもなお汗だくになった。1時間後、ハイエースの荷台はいっぱいになった。それでもまだ積みきれない。満載だからといって1トンはないだろう。しかし半分の500キロはあるはずだ。

パソコンとプリンタ、椅子、扇風機は玄関に置いたままだ。高さ30センチほどで縛った50〜60の本の束と本棚で荷台がいっぱいになっていた。積み終わり、新居へと出発したったワンボックスのタイヤはずっしり沈み込んでいた。

新しい部屋は4畳半の和室である。入口には半畳の台所がついている。築50年ほどだから、地方から出てきた若者の住む場所として高度成長期に建てられた物件なのだろう。木造の4畳半だから約7.5㎡。2.7×2.7mぐらい。押し入れは0.7間(幅約1.3×奥行83×天袋までの合計の高さは約2.1m)。1ヵ月2万5000円。シェアハウスの一室が4万1000円だったから毎月なかなかの節約である。もちろん、床が抜ければ節約どころか高い代償を負わされてしまうことになる。

引っ越しは完了したが、道半ばであった。床が抜けないよう慎重に整理整頓せねばならない。それにしてもどうやって部屋のレイアウトを決めたらいいのだろうか。見当がつかない。

この後僕はしばらく、「床が抜けました」という切羽詰まった連絡が携帯に来ないか、恐怖感に近い不安な気持ちを抱えつつ日々を過ごすことになった。

「これはやばいですね」

Facebookの「写真・動画」という項目に床が本で埋まった部屋の写真をアップロードしたのは、引っ越しが終わった日の夜のことだ。本当に床が抜けるのか。抜けるとしたら事前に何をすれば防げるのか。なるべく沢山の友人に見てもらい意見を聞いてみたかった。いろいろ意見を聞き、なるべく早く不安を解消したかった。

コメントはすぐに10ほど寄せられた。

「二階だったら床が抜けるかも・・・」
「これはやばいですね」
「床、抜けそうだね」

心配する声が大勢を占める中で、一人だけ真逆の意見を言う人がいた。軍事ジャーナリストの加藤健二郎さんである。

「大丈夫大丈夫。平たく部屋全体に敷けば抜けない抜けない」

抜けるのか、それとも抜けないのか。どちらが本当なのだろう。多数の意見か、それとも具体的に意見を書いた方か。そもそも、床が抜けるという噂はよく聞くが果たしてそんなことあるんだろうか。口裂け女やツチノコのように都市伝説の部類に入る話に過ぎないのだろうか。

同時に床の強度に対しての興味も深まっていった。実際、床が抜けるとすればどのぐらいの重さで抜けるのだろうか。7年前にマスコミの話題持ちきりとなった姉歯物件とどちらが弱かったりするのだろうか。

本サイトの編集を担当する仲俣暁生さんに協力していただき、TwitterやFacebookを利用して問いかけの拡散を助けてもらった。床抜け事故の体験者を募ったり、床抜け問題をつぶやいたりした。すると、次のような発言が寄せられた。

「弟は二階にある自分の部屋にDVDや雑誌を積み重ねた。一階のトイレのタイルが重みに耐えかねて破損した」

「二階の床が抜けたため、庭に掘っ立て小屋を作ってしばらく住んでいた」

これらは同一人物の情報ではない。全くの赤の他人の話である。はあー、やはりあるのだ。驚くと共にため息が出た。

また、Facebookのコメント欄に「均等におけば大丈夫」と書いてくれた加藤健二郎さんがメールで別の情報を寄せてくれた。

「アパート床抜けを体験した知り合いがいます。軍事評論家である彼の蔵書の数はかなり膨大だったと思います。洋書とか写真集のような重いもの多数で。しかも床抜けしたのは、住みはじめてから6年以上はたってからです。『明日中に全てもって出て行くか、損害賠償を払え』と。賠償は、100万はいくでしょうってことで。翌日にトラック借りて積み出し。その日のうちに転入居できるアパートを見つけたので、そこへ入った」

その日のうちに転居してしまうなんて。すごく機転の利く人なんだろう。僕だったら1日で引っ越し先を見つけ出すことなんて、おそらくできない。

新聞のバックナンバーもあたってみた。すると床抜け事件がいくつかヒットした。

「重体の女性死亡 尼崎の二階床抜け」
[ 2001年01月18日 産経新聞 大阪夕刊 社会面 ]

大阪の薬局で天井落下、8人ケガ 商品過重で老朽、床抜ける
[ 1992年12月13日 産経新聞 東京朝刊 社会面 ]

次の記事は詳細が入手出来たので転載する。

新聞、雑誌を自室に集積すること20余年、ついに床が重みに耐えかね崩壊し、部屋の主ごと雑誌の山に埋もれ、レスキュー隊に救助されるという珍事が東京・目白で発生した。部屋から雪崩のように流れ出した〝蔵書〟の山は約50㍍にわたり路上を占拠し、近所は大迷惑。底抜けだけでもトホホだが、エロビデオや盗撮写真も〝発掘〟され、恥の上塗りとなってしまった。

床が崩壊したのは、東京都豊島区目白にある築30年以上の古いアパートの二階。JR目白駅から徒歩5分ほどの好立地で、6畳1間の家賃は約5万3000円ほど。異変が起きたのは6日午後7時前だった。

「帰ってみると天井から蛍光灯が垂れ下がっていた。ミシミシいって天井がしなったので変だと思って警察に相談に行った。警官3人と家に到着する間際に天井が抜けた」と語るのは、一階真下の部屋に住む老人(75)。近所の主婦は「ドーンという爆発のような音。水道管も破裂した。レスキュー隊や消防団がバケツリレーで雑誌をかき出したが、救出に2時間もかかった」と衝撃の瞬間を証言する。

目白署の調べや関係者によると、部屋の主は埼玉県の草加市役所に勤務する男性職員(56)。昭和50年代後半から住み始め、新聞や雑誌をほとんど捨てず、ひたすら部屋に積み重ねていた。「崩壊直後、雑誌や新聞が一階天井を超えてなお1㍍くらいの位置まであった。下からうめき声があがり、レスキュー隊が10時20分ごろに救出した」(捜査関係者)。病院に搬送された男性は意識があるものの全身打撲の重傷と診断された。

(中略)

雑誌などについて、男性は「捨てていい」としょんぼりしているという。目白署では立件しない方針だが、アパートの管理会社関係者は「全部処分します。費用は男性が負担することで了承を得ている。見当もつかない額になりそうですが…」と苦笑するばかりだった。
(『夕刊フジ』 東京版 2005年2月8日号)

取材したのは友人のA記者である。彼は当時のことを次のように振り返った。

「バルセロナオリンピックの記事が出てきたんです。書籍じゃなくて新聞とか雑誌をためこんでたようです。難を逃れた一階の住人に話を聞いたところ「殺されるところだった」と怒りながら話してくれたのを覚えてます」

実際に起きた床抜け事件を報じたスポーツ紙(『夕刊フジ』 東京版 2005年2月8日号)

床が抜けた現場を目撃し、取材した経験を元にA記者は「二階なら危ない」と僕に助言していたのだ。

他人の話ながら本人は土木の専門家でもある加藤健二郎さん、床抜けの現場を取材したA記者。どちらが信憑性が高いのだろうか。正直わからない。

一級建築士に話を聞く

こうなればさらに信憑性のおけるコメントを発してくれる専門家に話を聞いたほうがよかろう。ということで知り合いの一級建築士二人に質問をぶつけてみた。

一級建築士の鈴木正志さんは僕の質問に対し、Eメールで次のように答えてくれた。

ご相談の件ですが、新聞記者の方とカメラマンの方どちらの意見も本当だと思います。建築の一般的な住宅の積載荷重は180キログラム/㎡です。本棚が巾80センチ×奥行き30センチとして0.24㎡ですので本棚のスペースで43キロの物が置けるということになります。

仮に厚さ2センチの本だと40冊で80センチなので、1冊250グラムとして1段当り 40冊×0.25=10キロになるので、4段で40キロ。それに本棚の重さも入れると、50キロ以上あるのでオーバーしてしまいます。つまり80センチ×30センチの本棚に4段以上の本棚、高さ90センチで4段以上あればNGです。ただし平均的な荷重計算ですから、壁際と部屋の真ん中では耐荷重も変わります。真ん中だとたわみが発生するので、床を支える根太(ねだ)が曲がり、壁際の梁からズレ落ちて落下します。

壁際ならば二階以上の場合は梁が、一階の場合は土台が直に支える割合が多くなるので落下までいかないと思います。ただし、それ以上の荷重がかかるようなら梁の補強も必要になったりしますので注意が必要です。そのためには本棚の上の部分を壁に固定して、本棚の前の部分の床に荷重がかからないようにする必要があります。

部屋の真ん中に平積みで本を高く置けば、新聞記者の方が言われるように床が抜けるでしょうし、壁際に分散してがっしり固定すれば、床に荷重がかからなくなるので抜けるまではいかないと思います。ただし突っ張り棒では、倒れ止だけで床に荷重がかかっているので駄目です。また古い木造で二階の場合だと湿気で土台や根太や床板が腐っている可能性が高いですし、アパートだと安普請の建物が多いので二階だと部材的には細い場合もあります。

また引越し先が畳の場合、根太の間隔は45センチ(洋室の場合は30センチ)ですのでさらに注意が必要です。姉歯の物件でも古い鉄筋の建物でも耐震性が劣るということで問題なのですが、荷重で床が抜けるということはないと思います。また腐ることもありません。それだけ木造は脆弱だということです。

人などと違い本などは常に置かれている固定荷重です。地震で揺れると、この荷重がさらに増幅するので、保管だけのことを考えれば、電子書籍などを活用するのがいいと思うのが正直な感想です。

萌未ハウジング  鈴木

もう一人話を伺った。やはり一級建築士の古寺義孝さんである。

「一般住宅の1平米あたりの積載荷重180キロとは、木造住宅も普通はクリアしている数値です。ただし、柱が腐ったり、シロアリに食われたりしていたら、この基準値よりも実際の数値は大幅に下がります。店舗の積載荷重は300キロ、図書館は同じく600キロとなっています。書店に特別な基準値はありません。300キロであればテナントにどんな業種が入ってもまず大丈夫でしょう」

「床板をうけるために床下にわたす横木のことを根太といいます。住宅だと普通は45センチピッチ、細い木を使います。ところが最近は梁のような格子状の根太を90センチピッチで格子状に組んで、さらには床板を20ミリで敷くのが流行です。これは強いですよ。さらに床をフローリングにするとさらに強くなる。木を線ではなく面で覆いますからね」

次に木造アパートの特徴について、さらに突っ込んで話を聞いてみた。

「180キロと伝えましたが、部屋の真ん中は弱いです。部屋の端は数値よりも強くなります。押し入れは基本、布団を収納することしか考えられていませんから。畳なんかに比べると強度はありません。布団4組の2倍ほどでしょうか」

僕の部屋の押し入れの床面はベニヤしか敷かれていない。つまり書類が格納されている衣装ケースをぺらぺらのベニヤだけが支えているということだ。押し入れに片足をおいたときにメリメリと音がしたエピソードを先に紹介したが、やはり相当に弱そうである。

古寺さんの話を聞いた場所は彼の作業場と住居を兼ねた一軒家である。この場所でかつて、古寺さん自身苦い思いをしたことがある。

「実はここで以前、押し入れが抜けているんです。二階に住む同居人の押し入れが本の重みで抜けたんです。しかも建物がゆがんでいます。建物の寿命かも知れませんね」

では押し入れの補強方法はあるのだろうか。

「押し入れもコンパネを敷けばまず問題がない。ホームセンターで2000円も出せば買えます。コンパネは面で支えますからね。コンパネが無理でも、簀子(スノコ)なら、やらないよりはましです。簀子を敷くと通気性が良くなりますよ」

押し入れを簀子とコンパネで補強。

古寺さんにお会いした翌日、アパートの積載重量と本の重さを比較・計算してみた。床全体に本を敷き詰めた場合の計算は次の通りである。4畳半=約7.5平米。部屋全体の積載重量は1350キロである。書籍の数を仮に2000冊とする。一冊あたり250グラムで500キロ、同じく400グラムで800キロとなり、全然問題がなさそうだということがわかる。

次に突っ張り本棚を一例として考えてみたい。先に紹介したように同本棚の寸法は幅60×奥行き19×最大の高さ243センチである。本棚の接地面は幅60×奥行き19センチなので0.11平米。1平米あたりの積載荷重は180キロなので20.52キロが限度となる。同本棚は最大で330冊ぐらいまで収納できる。満載した場合の重さは一冊あたり250グラムで82.5キロ、400グラムで132キロとなる。さらに本棚の重量20キロを加えるとそれぞれ102.5キロ、152キロとなる。つまり積載重量の5〜7.5倍もの重さが畳にのしかかることになる。アパートの端ならまだしも真ん中ならぬけちゃうレベルかもしれない。怖い。怖すぎる…。

危機感を抱いた僕はすぐさまホームセンターに行き、コンパネを購入し、押し入れの補強をした。この時すでに本438冊も4畳半からは緊急避難させていた。段ボール9箱✕一箱あたり約15キロで、のべ約135キロ。本をどうしたのかは徐々にネタばらしするとして、ここではまだ詳細を書かない。

突っ張り本棚は結局、妻と子供がいる家に移動させることにした。そのとき、前回手伝ってくれた、便利屋の方に再びお願いしていた。アパートに着いたらすぐ運び出しができるように、部屋の入口にあるミニ台所の狭いスペースに突っ張り本棚と図書館本棚を移動させていた。

突っ張り本棚越しに片付いた部屋を見せると、あらまあといった調子で笑い出した。

「あれ、普通の部屋になってますね」

合計で438冊、ある場所にそのときすでに預けていた。本の入った段ボールひとつあたり、だいたい15キロだったので合計では135キロとなる。その分のスペースが空いたため、なんとか部屋を片付けることができたのだ。そのあと10分ほどかけて突っ張り本棚をワンボックスに詰め込んだ。積み込みが終わると、二人して便利屋のワンボックスに乗り込んだ。

重量が耐えられるか不安な突っ張り本棚は家に移動。

乗り込んでからすぐ、便利屋のスタッフに質問した。

「前回、運んだ後に『よく思い切りましたね』とおっしゃってましたけど、やはり床は抜けそうでしたか」
「違います。無理だと思ってたんです」
「無理というのは床が抜けるってことですか」
「あのままじゃ寝られないし、最近地震が多いじゃないですか。こないだね、地震で壊れた家を片付けに行ったんです。地震で外壁が壊れた家です。取り壊すことになってたんでしょうけど、おじいちゃん一人だけなので、運び出しに行ったんです。三階建ての三階に大量にため込んでたようで、ビデオが多かったですね。途中、床がみしっと音が鳴ったりして、あのときこそは床が抜けるかと思いました。だってその家の壁、すでに崩れてましたからね」

僕がここで寝泊まりすると考えたらしい。確かにそれは無理だ。

(このシリーズ次回につづく)

※この連載が本の雑誌社より単行本になりました。
詳しくはこちらをご覧ください。

執筆者紹介

西牟田靖
ノンフィクション作家。日本の旧領土や国境の島々を取材した一連の作品で知られる。「マガジン航」の連載をまとめた『本で床は抜けるのか』(本の雑誌社)をはじめ、著書に『僕の見た「大日本帝国」』(カドカワ)、『誰も国境を知らない』(朝日文庫)、『ニッポンの穴紀行〜近代史を彩る光と影』『ニッポンの国境』(光文社新書)、『〈日本國〉から来た日本人』などがある。
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