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東京古書組合90周年記念シンポジウムを企画して

滅亡か、復権か

「大規模デジタル化時代と本の可能性」と題したシンポジウムが、来る4月14日(水)の午後に開催される。催しのタイトルは、正式には東京都古書籍商業協同組合創立90周年記念 日本の古本屋シンポジウム「滅亡か、復権か-大規模デジタル化時代と本の可能性」というずいぶんと長いものだ。開催場所は古書の町である神田神保町。この催しについて、協賛し実際の企画にあたった立場から、なぜいま古書の業界が、「滅亡か、復権か」というタイトルを掲げたシンポジウムを開催するのか、その狙いを紹介しておきたい。

シンポジウムのウェブサイト

古書業界では年に1回、古書業界の全国組織である全国古書籍商組合連合会(全古書連)による大規模な「市」を行っている。組織名を略して全連大市会と呼ぶこの市が、今年は東京で開かれる。2010年は、本シンポジウムの主催者である東京都古書籍商業協同組合(東京古書組合)が設立されて90年目を迎える年だという。書店で組織する日本書店商業組合連合会(日書連)の前身組織が1945年に、出版社で組織する日本書籍出版協会が1957年に、それぞれ結成されていると聞くと、古書という業界が実に息の長い世界であることがよくわかる。

この創立90周年という記念すべき年に、東京古書組合が主催して日本全国の古書業者を集めて大市会を開く以上、市の開催に留まらずに何かを企画したいという意向が、東京で古書業を営む方々の問題意識としてあったという。昨年の9月頃だろうか、人文・社会科学の古書の取り扱いや復刻で知られる文生書院の社長であり、全古書連の理事長でもある小沼良成さんから連絡をいただき、神保町で中華料理をつつきながら、この企画がスタートした。

見えてきた古書業界の危機感

検討を重ねる中で見えてきたことがある。それは古書業界に広がる、言いようもないほどの危機感である。現在、世界規模で進む本のデジタル化、そしてウェブでの公開は、これまで連綿と続いてきた古書の世界を、根底から破壊してしまうのではないか。

ビジネスとして古書店を営めるかどうか以前に、古書という物理的存在の価値が消滅するのではないか、それゆえに古書業界は滅亡せざるを得ないのではないか。古書業界の多くの方々からうかがったこういった危機感は、正直に言うと私が想像する以上のものだった。いや、むしろ、違和感があったと言ってもいい。と言うのも、ここしばらく本のデジタル化とウェブ公開の大きな流れに注目している自分にとって、むしろ印刷業界と古書業界はこの激動を生き延びる可能性が高いように思っていたからだ。そう考えていたのはなぜか?

印刷業界について言えば、すでに大日本印刷と凸版印刷という日本有数の大印刷会社が、書店や図書館を含む大きな意味での出版業界の再編に向けて動き出しているように、輪転機からサーバーへの移行さえ成し遂げれば、印刷業界はむしろエンドユーザーたる読者に密着した関係を構築できる。そこでは、たとえば10年ほど前はまだ試行段階であったオンデマンド印刷技術がモノを言うだろう。

広がる古書の可能性-「龍馬伝」に基づいて

古書業界についてはどうか? 国立国会図書館がすでに明治・大正期の日本語の本を近代デジタルライブラリーとしてデジタル化し、ウェブで公開している。その数、実に約15万6000冊。この大規模な電子図書館の存在は、古書業界の危機感の源泉の一つのようだが、はたして本当にそうだろうか。

たしかに、近代デジタルライブラリーの威力はすさまじい。たとえば、大河ドラマ「龍馬伝」が人気だが、日本で初めて坂本龍馬を扱った小説『汗血千里駒』の初版本の本文を近代デジタルライブラリーで読むことができる(ちなみに、「龍馬伝」は、この本の著者である坂崎紫瀾に岩崎弥太郎が語るという回想形式だ)。

近代デジタルライブラリーに収められた『汗血千里駒』の初版本(明治16年刊)

この本が刊行されたのは明治16年。つまり、1883年のことだ。120年以上も前の本にどこからでもアクセスできるという情報技術の進展には目を見張るばかりだが、しかし、はたしてこれがそのまま古書の危機に直結するだろうか。

古書業界の危機感を知った上でもなお、私の答えは、やはり「ノー」だ。むしろポジティブに考えたい。人並みに歴史好きで龍馬の聖地巡りをしたこともある私は、もちろん「龍馬伝」以前から『汗血千里駒』の存在は知っていた。しかし、この本の存在を知った高校生の頃からもう20年近くが経ったが、本文にふれたのはこの2010年になってからだ。きっかけは「龍馬伝」であり、本文へのアクセスを助けてくれたのが近代デジタルライブラリーであることは言うまでもない。

さて、ここからが問題だろう。いや、だから、そこに近代デジタルライブラリーがあることで充足してしまうのではないか。これが古書業界の危機意識の一つだ。もちろん、そういう読者もいるだろう。だが、デジタル化の有無とは関係なく、現代人の教養において、明治初期に出た本を読むことはそもそも簡単なことではない。そして、それでもなお読もうという読者の中には、依然として残る紙媒体の特性への慣れから、紙を志向する人間が残るはずだ。古書業界はそこに入り込める。

危機をどうとらえるか―本シンポジウムに向けて

ごく一部の愛書家のものであった古書がデジタル化とウェブ公開によって人々の目により触れやすくなっている。古書を初めて目にする人々は、これまで以上に、これまで考えられなかったほど増えることは疑いようがない。カギはその可能性をどうとらえるかだ。ピンチはチャンスの、危機は好機の裏返しとはよく言われることであるが、同じことが古書業界にも言えるはずだ。

もちろん、現状を危機と認識することは、あっていい。だが、危機と認識した状況の前に立ちすくむだけでは、仮定にすぎないかもしれない危機が、本当の危機に転じてしまうこともある。それこそが本当の危機だろう。そういった現状に対して、私が出した提案が本シンポジウムという企画だ。当日は、

・長尾真(国立国会図書館 館長)
・森野鉄治(大日本印刷株式会社 常務取締役)
・高野明彦(国立情報学研究所 教授)

の3氏にご講演いただき、その後、古書業界から中野智之・神田古書店連盟会長に加わっていただき、パネル討論を予定している。長尾館長については、もはや説明不要だろう。森野常務も最近の大日本印刷の動向を気にかけている方であれば、一度はお名前を耳にしている方だろう。一連の出版業界再編を主導する大日本印刷のキーパーソンのお一人だ。

高野教授は、連想検索の研究に基づき実用に耐えうるサービスを提案し続けている情報技術の権威のお一人であると同時に、神田古書店連盟との連携の下、運営されている神保町のポータルサイト「BOOK TOWNじんぼう」開発者でもある。また中野智之会長は、神田古書店街の若きリーダーであり、数年前にまったく新しい図書館として注目を浴びた千代田区立千代田図書館と神保町古書店街のコラボレーションに尽力する等、その活動範囲は古書業界に限られない。

これほど多様な顔触れが、討論だけでも1時間、質疑を加えれば1時間半を割いて古書の可能性を論じるというのは、企画者としては手前味噌ながら、実に贅沢なことだろう。基本的には古書業界関係者を優先する催しだが、今回は一般参加枠を設けたところ、非常に反響が大きく、事前登録枠はすでに埋まってしまった。反響の大きさを考え、当日インターネットでのライブ中継ができないか検討しているところだ。

「滅亡か、復権か」という強いトーンのタイトルを掲げた催しだが、このタイトルのインパクトにたがうことのない濃密な討論が十分に予想できる。大いに期待してほしい。

■関連サイト
東京古書組合 創立90周年記念シンポジウム「滅亡か、復権か-大規模デジタル化時代と本の可能性」
BOOK TOWNじんぼう
ACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)

※記事中の高野明彦氏のプロフィルに誤りがありましたので訂正します。高野氏は「日本の古本屋」ではなく、「BOOK TOWNじんぼう」の開発者です。

執筆者紹介

岡本 真
ヤフー株式会社でのYahoo!知恵袋の立ち上げ等を経て、1998年に創刊したメールマガジンACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)(週刊/5000部)を母体に、アカデミック・リソース・ガイド株式会社を設立。「学問を生かす社会へ」をビジョンに掲げ、文化施設の整備に関わりつつ、ウェブ業界を中心とした産官学連携に従事。著書『未来の図書館、はじめませんか?』(青弓社)『これからホームページをつくる研究者のために』(築地書館)『ウェブでの<伝わる>文章の書き方』(講談社現代新書)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)ほか。
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