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進化する図書館システム

本の未来を論じる上で避けては通れないものの一つが、図書館の役割だろう。さて、その図書館のうち、とくに図書館システムと呼ばれる、図書館が保有する資料を総合的に管理するシステムについて、昨今の日本国内の動向を紹介したい。

図書館システムの惨憺たる現状

一般に図書館システムと言った場合、利用者の立場からすれば、図書館内にある蔵書検索端末を思い浮かべるだろう。これは図書館業界においてはOPAC(Online Public Access Catalogue)と呼ばれており、最近ではOPACをウェブ上で公開する図書館も増えている。ちなみに慶應義塾大学の上田修一教授の調査によれば、2009年3月31日時点で749ある大学図書館のうち、81.6%にあたる611館がウェブでOPACを公開している(ウェブOPAC)。

また、 日本図書館協会の調べでは、2009年12月時点で全国の公共図書館(都道府県立、市区町村立)1317館のうち、実に83.6%にあたる1102館がウェブOPACを公開している。こういった数字を見ると、日本の図書館システム、特にOPACはインターネット社会に適応しつつあるようにも見えるだろう。

だが、実のところ、その実情は惨憺たるものだ。実際にお住まいの自治体の図書館のサイトにアクセスし、OPACを使ってみればよくわかる。お目当ての本を検索しようにも、「タイトル」「件名」といった一般にはほとんどなじみのない図書館の専門用語が並び、これらの項目ごとに検索キーワードを入力するボックスが並んでいる。

検索結果の表示順序のレベルもひどいものだ。試しに漱石の『こころ』やエンデの『モモ』で検索してみよう。求めているものとは、およそ無縁な本がズラッと表示されてしまう。いまや日本に住む9割の人間がインターネットを使うようになり、その大部分がYahoo!やグーグルといった検索エンジンを使う時代になっているにも関わらず、図書館システムの現状はこのように悲惨極まりない状況にある。

変化の兆し

しかし、何もかも進化がなく低迷しているわけではない。たとえば、IDとパスワードを登録することで、現在の借出状況を確認したり、新たに予約を入れたりという個々人に特化した機能を導入する図書館はここ数年で急速に増えてきた。前出の日本図書館協会の調べでは、2009年12月時点で707の公共図書館がウェブ経由での予約を受け付けているという。この恩恵にあずかっている読者も少なくないだろう。

とはいえ、我々が日常的に接しているアマゾンやビーケーワンのようなオンライン書店に比べれば、いささか寂しい思いが残る。たとえば、 アマゾンのおすすめ商品、いわゆるレコメンド機能は、なぜ図書館システムには見られないのだろうか。また、はてなダイアリー等のブログサービスでおなじみとなっている Amazon Webサービスを利用した本の表紙画像の表示はなぜ図書館システムでは行われないのだろうか。こんな疑問を持った方は少なくないのではと思う。

さて、ここからが本題だ。実は、ごく僅かながら、この1、2年になって、オンライン書店にひけを取らない図書館システムが全国各地で徐々に産声を上げている。そう、変化の兆しが見られるようになってきたのだ。以下、注目すべき図書館システムを幾つか紹介しよう。

進化する図書館システム事例

利用記録に基づくレコメンド

図書館が有するデータの中でも重要なのが、貸出履歴をはじめとする利用記録や嗜好データだ。これらのデータを部分的に活用したレコメンドの仕組みが、知る限りでは、すでに三つの図書館で提供されている。

サービスを始めたばかりの九州大学附属図書館は、レコメンドの仕組みについて詳しい情報を公開していないが、機能提供から半年が過ぎた成田市立図書館は、ある程度の仕組みを明らかにしている。同図書館の米田渉氏が昨年11月に開催された第11回図書館総合展のフォーラム「『貸出履歴を利用した新しい利用者支援の展開』リターンズ」で語ったところでは、成田市立図書館では、利用者が貸出履歴の利用を承諾した場合、貸出履歴の書誌、予約している書誌、今度読みたい本に登録されている書誌等をベースにし、さらに貸出回数や予約回数の累計といった複数の指標を掛け合わせた独自のアルゴリズムに基づき、おすすめリストを表示しているという。

成田市立図書館のおすすめリスト。操作を紹介する動画が公開されている

これらの試みは、いずれも一つの図書館が相当な努力の末に実現しているものであることは言うまでもない。図書館の場合、専任の情報技術職を雇用できるところはほとんどなく、システムの開発も大学や自治体の会計制度による様々な制約を受けている。このため、アマゾンに負けない図書館システムを提供したいと図書館関係者が思っても、上で紹介したような取り組みにまでたどり着ける図書館は限られてしまう。

だが、事態は決して悲観的ではない。もう間もなくだが、今年2月13日に、筑波大学の大学院生によるベンチャー企業・ 株式会社しずくラボが、疑似的な貸出履歴活用サービス 「Shizuku2.0」のベータ公開を宣言している。同社代表の小野永貴氏に概要をうかがった限りでは、このシステムであれば、比較的規模の小さい図書館であっても、導入にあたっての技術的な課題はさほどではないだろう。

Shizuku2.0の予告サイト。ベータ公開に向けてのカウントダウン中

また、慶應義塾大学の原田隆史准教授は、「図書館の貸出履歴を用いた図書の推薦システム」の研究に取り組んでおり、研究目的で取得した貸出履歴を用いて、レコメンドの実験を行っている。アンケート結果では、このシステムへの評価は決して悪くないそうだ。原田氏のグループでも、上記の「Shizuku2.0」のベータ公開にあわせて、利用記録を活用する何らかのAPIを公開する予定という。もちろん、利用記録に基づくレコメンドは、あくまで図書館システムが持つ可能性の一端を示すにすぎないが、ここから従来は思いもしなかった図書館システムの革新が始まるのかもしれない。

さて、レコメンド以外の新たな動向をいくつか挙げて終わりとしよう。

表紙画像の表示

他にも同様の事例は増えており、画像を独自に用意したり、Amazon Webサービス経由で取得した本の表紙画像を本の書誌情報と共に表示する図書館システムが増えつつある。

清泉女子大学のOPACでの表紙画像の表示例

コメント投稿の受付

オンライン書店におけるレビューと同様、利用者によるコメントを受け付ける図書館システムも2007年頃から登場している。特に図書館システムの提供企業の1つである日本事務機株式会社が同社の大学図書館向けパッケージ 「NeoCILIUS Knowledge OPAC」に利用者レビューの機能を組み込んだため、2008年頃から同社のシステムを採用している大学図書館の中で、コメント機能を提供する流れが出始めている。

蔵書に限らない検索

市川市立図書館は自館の蔵書だけではなく、主に文学を中心に著作権切れの作品をデジタル化している 青空文庫の資料も検索できる。杉並区立図書館は、所蔵していない本の情報も検索できる。いずれの取り組みも、検索対象を所蔵する資料に限ってきた従来の図書館システムとは一線を画すものだろう。

以上、レコメンド機能の登場を中心に、惨憺たる状況にありつつも変化の兆しを見せ、中には進化の可能性をうかがわせる図書館システムの現状をみてきた。先に述べたように、今年2010年は、株式会社しずくラボの活発な活動が期待されることもあって、停滞に潜む胎動が大きな動きにつながる可能性も感じられる。アマゾンやグーグル、あるいは国立国会図書館といった大きなプレイヤーだけに目を奪われることなく、図書館システムを巡る日本国内の動向にも注意を払っていきたい。

なお、本文中で紹介した第11回図書館総合展のフォーラム「『貸出履歴を利用した新しい利用者支援の展開』リターンズ」での講演者の資料が一部公開されている。

執筆者紹介

岡本 真
ヤフー株式会社でのYahoo!知恵袋の立ち上げ等を経て、1998年に創刊したメールマガジンACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)(週刊/5000部)を母体に、アカデミック・リソース・ガイド株式会社を設立。「学問を生かす社会へ」をビジョンに掲げ、文化施設の整備に関わりつつ、ウェブ業界を中心とした産官学連携に従事。著書『未来の図書館、はじめませんか?』(青弓社)『これからホームページをつくる研究者のために』(築地書館)『ウェブでの<伝わる>文章の書き方』(講談社現代新書)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)ほか。
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