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海外在留邦人発、「まんがこぼし」での震災復興支援とは?

現在、私は明治大学米沢嘉博記念図書館で2018年2月9日から開催される「おきあがりこぼしプロジェクト明治大学展」[1]という奇妙な展示の「監修」という仕事をしている。

この展示が扱う「おきあがりこぼしプロジェクト」とは、2011年3月11日に起きた東日本大震災と福島での原発事故に対する復興支援事業として2013年からフランスではじまったものだ。

具体的には福島県の代表的な民芸品のひとつである「おきあがりこぼし」のプレーンな素体へプロジェクト参加者によって絵付けをおこなってもらい、その行為を通して被災地としての福島、日本への共感と相互理解を喚起しよう、という趣旨のものである。

今回の米沢嘉博記念図書館での展示は2014年から参加した日本漫画家協会所属作家による作品を中心に、そのプロジェクト全体を展示によって紹介することを意図したもので、国内での作品展示としては2017年の広島に続く二度目、関東では初の展示になる。

また、先にも述べたように、今回の展示ではプロジェクト自体の経緯や意義を紹介することを展示コンセプトの柱のひとつと捉えており、いくつかのウェブ、新聞での取材記事を除いて国内ではこれまであまり報道、紹介されてこなかった同プロジェクトの日本国内に向けた今後の本格的な紹介の端緒になればと思っている[2]

「おきあがりこぼしプロジェクト」とはなんなのか

まず個人的な事情を含めた今回の展示企画成立の経緯について簡単に説明しておく。

チラシのPDFデータ[3]を参照してもらうとわかるのだが、じつは今回の展示は「公益社団法人日本漫画家協会」と「明治大学米沢嘉博記念図書館」の共同主催によるもので、オリジナルの企画者であるパリの起き上がりこぼしプロジェクトは「企画・協力」というクレジットになっている。

これは今回の展示企画が、協会所属作家制作の「まんがこぼし」の展示スペースを探していた日本漫画家協会から米沢嘉博記念図書館に持ち込まれたものだった、という事情によるものだ。

パートタイムで同館のスタッフをやりつつ、フリーのリサーチャーの立場で日本漫画家協会の事業を請け負っていた筆者は、結果的に両者の仲立ち役になり、そうした経緯からこの展示企画自体のとりまとめのような役回りをしているのだが、このため筆者を含めた米沢嘉博記念図書館サイドのスタッフは「おきあがりこぼしプロジェクト」についてあまり情報も人脈上のつながりも持たない状態から展示企画を立ち上げることになり、必然的に「おきあがりこぼしプロジェクト」とはなんなのか、というもっとも基本的な部分に関する調査からスタートすることになった。

「海外在留邦人にとっての震災」という視点

もともとこのプロジェクトは在仏邦人がフランス社会に向けてはじめたムーブメントである。

日本漫画家協会の参加以前、2013年に「おきあがりこぼしプロジェクト」が立ち上げられた時点でのコンセプトは自身在仏邦人であるファッションデザイナー、高田賢三氏が「フランスの著名人」へと呼びかけておきあがりこぼしへの絵付けをおこなってもらい、その体験を通じて被災地への共感と日本の現状に対しての理解を喚起しよう、という精神的な紐帯を促すものだった。

さらにいえば高田賢三氏と起き上がりこぼしプロジェクト事務局を運営する渡邊実氏のコンビは、このプロジェクトの事実上の前身といえる「東日本再生ビジョン展」を2012年6月にパリで開いている。

震災の翌年、2012年6月にパリ市庁舎でおこなわれた「東日本再生ビジョン展」会場。6000人を超える来場者を集めた同イベントは「おきあがりこぼしプロジェクト」の源流となっている。

震災後、EUは2011年4月には日本からの輸入品規制を導入し、特に原発事故があきらかになって以降はマスメディアでの報道やネットでの言説を含め、海外での「日本」に対するパブリックイメージは悪化した。[4]

つまり「おきあがりこぼしプロジェクト」は震災、津波、原発といったスティグマめいた記号を背負わされたヨーロッパにおける当時の「日本」イメージのなかで偏見と好奇の目を意識して生活せざるを得ない現地の在留邦人たちが、そうした状況に対抗するためにはじめた市民レベルの運動だったのである。

そこには私たちの知らないもうひとつの「震災復興」があった。

「クールジャパン」の有効活用例

こうしたプロジェクト立ち上げの経緯を見てもらえばわかるように、開始当初の「おきあがりこぼしプロジェクト」はマンガとはまったく無関係なものである。

そこに今回展示の中核をなす日本漫画家協会所属作家による「まんがこぼし」が参加することになったのは、プロジェクト側が「日本」に対するプラスイメージをアピールするための有効なツールとして「マンガ」を発見したことによる。

すでに述べたようにこのプロジェクトの最初の趣旨はフランスのひとびとに「おきあがりこぼしの絵付け」を体験してもらうことによって「日本」や「福島」に対する共感や理解を持ってもらうことにあった。

そのため、プロジェクトが最初に参加を呼び掛けたのはアラン・ドロンやジャン・レノ、ジャン=ポール・ゴルチエといったフランスにおけるセレブリティーたちが中心で、特にポピュラーカルチャーへのアピールが意識されていたわけではない。

こうした認識が変化するきっかけになったのは、2013年末におこなわれたパリでの展示に付随しておこなわれたオークションでフランス在住の「マンガアーティスト」の作品がセレブたちのそれに勝るとも劣らない注目を集めたことだった。

2013年12月にパリでおこなわれた初の「おきあがりこぼしプロジェクト」単体での大規模展示の際に併催されたチャリティーオークションの様子。フランス著名人の制作したおきあがりこぼしが競りにかけられた。

この事実に着目した高田氏と渡邊氏は日本漫画家協会の現理事長であるちばてつや氏に連絡をとり、翌2014年のパリ「Japan Expo」に合わせて日本漫画家協会所属作家によるおきあがりこぼし絵付け作品の制作を依頼、そしてこの依頼に応じた100人以上のマンガ家が制作したおきあがりこぼしが海を渡ることになる。

この「まんがこぼし」の登場以降、プロジェクトはフランスの「Japan Expo」をはじめ、イタリアの「Romics」、スペインの「Comic Salon」、ウクライナの「Japan Mania」など、ヨーロッパ各国の日本文化、マンガ関連のイベントに積極的に参加し「クールジャパン」としてのマンガを有効活用する戦略をプロジェクトの重要な柱のひとつとすることになった。

日本漫画家協会所属作家による「まんがこぼし」が最初に出展された2014年7月のパリ「JAPAN Expo」での「おきあがりこぼしプロジェクト」ブース。来場者による絵付けワークショップがおこなわれている。

「マンガ家の社会貢献」というテーマ

その後、プロジェクトは2017年のウクライナ、チェルノブイリ博物館での展示やヒロシマ・ピースアート・プロジェクトへの参加など、反核、平和運動との連携へも展開しつつ今回の米沢嘉博記念図書館での展示に至っている。

2017年8月広島せこへい美術館での「ヒロシマ・ピースアート・プロジェクト」会場の展示。ここではこれまで巡回してきた「おきあがりこぼしプロジェクト」の作品とともに地元のこどもたちが制作したおきあがりこぼしが展示されていた。

いっぽう今回の展示がおこなわれる米沢嘉博記念図書館は、明治大学がコミックマーケットの代表を長くつとめたマンガ評論家、故米沢嘉博氏の蔵書をもとに2009年にオープンした「マンガとサブカルチャー」をテーマにした専門図書館である。

同館は図書館であるが、一階に常設の展示設備を持ち、これまでも多くのマンガ関連展示をおこなってきた。[5]

日本漫画家協会主催の展示であるということだけではなく、こうした館の性格からいってもこの展示の中心には、上記のようなプロジェクトの市民運動的な性格だけではなく、少なくともそれに匹敵しうるテーマとして「マンガ」にまつわる何かが必要なのではないかという点が企画検討時に問題になった。

そして、この点に関してスタッフ間でのディスカッションを重ねた結果出てきたのが「マンガ家による社会貢献活動」というテーマである。

現在ではあまり注目されることは少ないが、もともと「マンガ」というのは新聞、雑誌における社会風刺、批評的な媒体としての性格を持ち、ストーリーマンガがそのメディアイメージの中心になって以降もそのポピュラリティーやリーダビリティーの高さからさまざまな教育、啓蒙活動に利用されてきた。

日本漫画家協会もさまざまな自治体や企業との協力や自主企画として、展示企画や作家の講演などさまざま社会貢献活動をおこなってきている。

その多くは短期的なイベントとして消費されてしまうため、記録自体が残りにくいのだが、今回のプロジェクトに関してははっきりした展示物としての「おきあがりこぼし」が存在し、その具体的な活動をイメージしやすい。

また、「クールジャパン」的な文脈から再発見された「マンガ」を通じて海外における「日本」のイメージを再生しようというこのプロジェクトのあり方自体、現代における「マンガ」や「マンガ家」と社会とのかかわりを象徴するもののようにも思える。

カラフルな国際交流

以上が企画者サイドからの本展示のコンセプトだが、日本漫画家協会とパリ、起き上がりこぼしプロジェクトの全面協力のもと集められた多くのおきあがりこぼし(そこには初期のアラン・ドロンやジャン・レノ作のフレンチこぼしから今回の展示に合わせてつくられた新作まんがぼしまで多種多様な作品が含まれている)はまずモノとして目を楽しませるカラフルで「KAWAII」ものだ。

正直いえばこれは一見地味な企画だと思うが、多くのひとの思いが込められたこの小さな国際親善大使たちの活動をできるだけ多くのひとに見に来てもらいたいと思う。

今回の展示では下記の参加作家によるイベントをおこなう他、会期中には展示会場にて日本漫画家協会所属作家による絵付けの実践などもおこなわれる予定だ。

これらのイベントにもあわせてご参加いただければ幸いである。

また、本展示に関しては米沢嘉博記念図書館でははじめての試みとなる明治大学中央図書館との連携企画として3月21日から4月25日までのあいだ、リバティタワー内の中央図書館展示スペースでも出張展示をおこなう。

こちらではおきあがりこぼしの実物とともに震災関連の書籍資料の展示をおこなう予定である。

[1] http://www.meiji.ac.jp/manga/yonezawa_lib/exh-koboshi.html
[2] 2017年の広島での展示は「ヒロシマ・ピースアート・プロジェクト2017」の一環としてのものであり、必ずしも「おきあがりこぼしプロジェクト」そのものの紹介を目的としたものではない。
[3] http://www.meiji.ac.jp/manga/yonezawa_lib/pdf/koboshi-omote.pdf
[4] 震災以降(特に原発事故以降)の経済的影響、各国の動きについては日本貿易振興機構(JETRO)のポータルサイト「特集 東日本大震災の国際ビジネスへの影響」https://www.jetro.go.jp/world/shinsai/に詳しい。震災以降の海外報道についてはたとえば新聞通信調査会による『大震災・原発とメディアの役割―報道・論調の検証と展望』(2013)といった研究がある。
[5] 過去の展示企画については
http://www.meiji.ac.jp/manga/yonezawa_lib/archives/index.html
で見ることができる。

【関連イベント】

①マンガ家の社会貢献としてのおきあがりこぼしプロジェクト
出演:
ちばてつや(マンガ家、日本漫画家協会理事長)
森田拳次(マンガ家、日本漫画家協会常務理事)

日時:2018年3月11日(日)16:00-17:30
場所:明治大学 リバティタワー9階1096教室
料金:無料

内容:今回のおきあがりこぼしプロジェクトなどをはじめ、大きな天災や人災があったとき、マンガ家が社会活動をすることの意義。マンガ家らしい国際交流とは何か。それは作品にどう還元されていくのかなどについて、たくさんの社会活動にかかわっていらしたちばてつや先生、森田拳次先生にお話しいただきます。

②ウクライナ「マンガこぼし」顛末記
出演:
一本木蛮(マンガ家、日本漫画家協会理事)
倉田よしみ(マンガ家、日本漫画家協会理事)
永野のりこ(マンガ家、日本漫画家協会理事)

日時:2018年4月7日(土)16:00-17:30
場所:米沢嘉博記念図書館 2階閲覧室
料金:無料 ※会員登録料金(1日会員300円~)が別途必要です。

内容:おきあがりこぼしプロジェクト ウクライナ展に参加したマンガ家3名に、ウクライナでのこのプロジェクトの受け入れられ方、そこから感じた思い、このプロジェクトの成しえたことなどをお話しいただきます。

※両イベントとも、会場が込み合う場合はご入場いただけないことがございます。ご了承ください

明治大学中央図書館にて出張展示開催
明治大学リバティタワー内の中央図書館にて、おきあがりこぼしの実物とそれに関連した書籍を展示します。

日時:3月21日~4月25日(3月30日は除く)、中央図書館開館時間中
料金:無料
明治大学リバティタワーへのアクセスは以下参照
http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/campus.html

執筆者紹介

小田切 博
フリーライター。著書『誰もが表現できる時代のクリエイターたち』、『戦争はいかに「マンガ」を変えるか:アメリカンコミックスの変貌』(いずれもNTT出版)、『キャラクターとは何か』(ちくま新書)、共編著『アメリカンコミックス最前線』(トランスアート)。明治大学米沢嘉博記念図書館スタッフ。
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