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我輩はいかにしてカクヨム作家となりしか

「カクヨム」というウェブサービスがある。2016年2月29日にサービスを開始した、小説投稿サイトである。同種のものに「小説家になろう(@なろう)」などがあるが、カクヨムはKADOKAWAが運営するということで話題になり、期待も集まった。

小説投稿サイトとは、一般人の参加者(稀に職業作家が混じっていることもある)が自作の小説をウェブブラウザでBBS(掲示板)に書き込むように投稿し、公開するものだ。読み手はそれを読み、ブックマークをしたり、レビューをつけたりして評価する。書き手はPV(ページビュー)やレビューの★の数に一喜一憂するというものである。玉石混淆ではあるが、中にはそこからメジャーデビューした作家も現れており、新たな新人発掘の場として、作家志望者からも、版元からも期待されている場となりつつある。

そんな「狩り場」をKADOKAWAが直営するとなれば、鳴り物入りの新規参入ということで注目されるのは当然。発表からしばらくはインディーズ作家界隈でも、このカクヨムの話題で持ち切りだったのである。

カクヨムへの参入パターンは大きく分けて三つあった。

一つめは、すでに小説投稿サイトで活動している作者が、新大陸を求めて手を伸ばす場合。小説投稿サイトでは一般にマルチポストを禁じていないため、過去に@なろうで公開している作品をそのまま移植して、公開開始日にロケットスタートを試みようとする者たちだ。@なろうの方で後発の参加者だった場合、簡単にはランキング上位に食い込めないため、新サービスでの一斉スタートに賭けようと考えるのは自然なことである。

二つめは、小説投稿サービスではなく、Kindleダイレクトパブリッシング(KDP)などの電子書籍サービスからセルフパブリッシング(自己出版)を行なっているというタイプの作家。この場合は、電子書籍で販売・公開している作品をそのまま移植する場合と、その続編や番外編を書く場合のどちらかが多かったように思う。もちろん新規の作品を出してくる者もいた。しかし小説投稿サイトのプロトコルは電子書籍型の執筆スタイルとは大きく差異があるため、なかなか適応できず早々に撤退する方々も少なくはなかった。

三つめは上記のいずれでもなく、まったくの新規参入の皆様である。

ぼくの場合はパターン2に該当する。

ぼくが本名の原田晶文名義で「マガジン航」に投稿させていただいた「もしも、ペナンブラ氏が日本人だったら」で経緯をご報告したとおり、すでにKindleほかで発売した電子書籍があり、月刊群雛や群雛文庫でも作品を発表してからのカクヨムへの参入だったからだ。しかし、処女作で未完の『ストラタジェム;ニードレスリーフ』にしろ、SF小説『オルガニゼイション』シリーズにしろ、発刊にあたって他の方々を巻き込んでいたため、それらを勝手にカクヨムにそのままアップするわけにはいかなかった。また、正月から2月にかけては『別冊群雛』(「鼎談:自己出版ブームの原点、藤井太洋「Gene Mapper」誕生秘話」参照)の編集長代理などをやっておったために新作を書くこともできず、カクヨムへのスタート時点での参入は断念していたのだった。

その後、スキマ時間でカクヨムに3本ほどの新作小説を書きはじめたものの、いずれもPV(ページビュー)が100未満という鳴かず飛ばずのまま、更新も途絶えてうっかり数ヶ月が経っていたのである。

はい、ここまでが前置き

「友達に誘われたので」というアイドルみたいな言い訳

そんな状況だったので、春に行なわれた「第1回カクヨムWeb小説コンテスト」の経過にも興味はなかったし、そのあと6月から開催されたこの「エッセイ・実話・実用作品コンテスト」もまったくのノーチェックであった

筆者が参加した「エッセイ・実話・実用作品コンテスト」

友人でライトノベル作家のイクヤタダシが、カクヨムのコンテストにチャレンジすると言い出したときも、あまり興味はそそられなかった。しかし、このコンテストは実話ベースのノンフィクション作品を投稿するものだと聞き、しかもイクヤタダシ自身に起こった事件を赤裸々に語るのだ、ということで、それは見ておかねばならぬと思い直した。

実際、彼の物語『元ラノベ作家が電子書籍を自力で作成して販売してみた話』はコンテスト開始から10日ほどの時点ですでにランキング上位におり、大いに注目を集めていた。彼との個人的な付き合いもあったが、内容が面白かったのでレビューをしておいたところ、その礼とともに「波野さんもやってみたらどうか」と誘ってもらったのだ。

実話と言えば「SS合評」というスポーツ文芸イベントに参戦して、下世話な自分語りばかりを披露してきていたわけだけれども、今回は「エッセイ・実話・実用作品コンテスト」である。実用と言えば、ぼくは元々実用書編集者であり、実用書ライターでもある。文芸はまだ新参の2年生であるが、そっちは20年選手でそこそこのキャリアもある。ならば、多少は善戦もできるのではないか、と思い立ち、コンテストへの参戦を決断した。

書籍の執筆から編集、出版、印刷、製本、あとはコンビニのバイトで雑誌を売ったことまであるグランドスラム経験を生かして、「本の一生」を描いてみよう、ということに決めたのである。キャッチコピーは〈「我輩は本である。名前はまだない。」で始まる出版業界串刺しエッセイ〉とした。この時点では名前どころかプロットすらなかった。ただ、本の作られる工程はすべて頭に入っているのだから、それを順に追えばいい。そう思っていた。

タイトルは『我輩は本である』とした。

ただ、書き続ける日々

ぼくが『我輩は本である』を書きはじめたのは6月15日で、コンテストの開始からすでに二週間が経過していた。完全な出遅れではあったのだが、一度は書いてみたかったテーマであるし、書き上げてしまえばあとはセルパブででも出してしまえばいいわけで、とくに入選にはこだわらずに書き進めることにした。

初回は「企画書はA4で2枚で」というサブタイトルをつけた。登場人物は自分の分身のようなものであるが、エピソードは実体験だけでなく伝聞や一般論なども盛り込むことにした。1冊の本ではさすがにそんなにいくつもトラブルは重ならないし、あまりリアルに書きすぎてもそれはそれでいろいろマズいわけで、いろいろかき集めながら何重にもオブラートでくるんで、さらにPP加工したりして誰が見ても内容がわかり、誰が見てもそれが自分らのことだとはわからないように工夫した。読んで、あれ? これって自分のことかな? と思ってもそれは思い過ごしである。すべては実際に起こったことであり、出版関係者であれば誰にでも起こりうることであるからだ。

1日に3000字ほどを書き進めていく。プロットも何も作らずにただ実用書の制作過程を書き進めるだけだから、伏線もないしトリックもないし、設定もない。ただ記憶を呼び覚ましながら思い出を並べていくだけなのでペースは早かった。とくに朝は執筆が捗る。平均1時間ほどで書き上げては朝のうちにアップしていく。たまに時間があれば夜にも書いて、1日に2話アップすることもあった。

本作のモデルとなる実用書は、「遺言書」をテーマとした。遺言書の本は実際に作ったことがあり、小道具として盛り込むために新たに内容を考えずに済むからだ。ただし、この物語で扱った監修者の交代劇などのエピソードはぼくの扱った本では起こっていない。細かなエピソードはみな、他の本で起こったことを集めて移植している。

登場人物の名前は『吾輩は猫である』をから借用させていただいた。また、『坊ちゃん』的なあだ名システムも使わせていただいている。なんといっても今年は夏目漱石没後100年のメモリアルイヤーであるからだ。タイトルも書き出しも大文豪にあやかっている。ちなみに『猫』のパロディ本は「吾輩」ではなく「我輩」と表記するケースが多いので、ぼくもそれに倣った。

構成としては、毎回「我輩は本である。○○だ。」で始まり、「我輩は本である。●●だ。」で締めるスタイルとした。基本的にはエッセイなので、出版に関する四方山話を盛り込みつつ、狂言回しとして主人公がいてその周辺人物とのやりとりで本の制作工程が進むような構造にした。当然、脚色はしているので、果たして「エッセイ・実話・実用作品コンテスト」の対象作品として認められるかどうかという問題はあったが、それはぼくが考えることではない、と開き直って書き進めた。

結末は猫に倣って「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。ありがたいありがたい。」で締めくくり、7月9日、全30話、10万5000字ほどを書き上げて完結とした。

カクヨムではPVの内訳グラフを見ることができる。

戦略と戦術

先にも述べたが、ぼくのカクヨムでのPVは極めて少ない。電書界隈で知られた作家であれば、軽く数百PVは稼ぐのだが(それでも当人らは少ないとボヤいているが)ぼくはさらに桁が少ない。今回もそのようなことになるだろうと思っていた。

ところが連載開始早々に、予想外の展開となった。ぼくの周囲には出版・印刷関係の友人・知人が多く、今回のテーマには興味を引かれたらしく意外にも結構なPVを稼ぎだしたのである。レビューの★数もトントン拍子に増えてすぐに2桁となった。これまでの渾身の創作小説は見向きもされなかったが、ただ日常の職業経験を垂れ流しただけのエッセイは見てもらえる、という逆転現象が起こってしまい複雑な心境ではあったが、ランキングの順位はいつしかデイリーで50位にまで上昇していた。

このコンテストの参加者は500人以上ということなので、50位であればかなりの上位と言える。このコンテストは、「読者選考」の最終日である7月14日23時59分時点で30位までに入っている作品と、その他編集部でピックアップした数作品が最終選考に選ばれることになっていた。編集部のピックアップはあまりアテにならないので、さしあたっては30位に入ることが第一目標となる。翌日のランキングは44位だった。ひょっとしたらこれはいけるのではないか、ということで早めにテコ入れを画策することにした。

この時点で、イクヤタダシは3位に君臨していた。初動がよかったので上位をキープできているようだ。ここまで上位であれば最終的に30位以下にまで落ちる心配はない。内容もノウハウ編に突入し、新たな読者をつかんでいたようだ。このタイミングでその彼から有益なアドバイスをもらった。「キャッチーなタイトルに変えるとPVや★が伸びる」というものだ。なるほど。

さっそくこの意見を取り入れて『我輩は本である 〜白紙が紙くずになるまで〜』と改めた。タイトル自体を『我輩〜』から変えることも考えたが、毎回本文を「我輩は」で始めている以上、タイトルを変えてしまうとなんだかおかしなことになってしまう。変更はサブタイ追加のみに留めた。ついでに紹介文も書き換えて、より内容が明確になるようにした。さらに読者サービスとして主要な登場人物の紹介もつけ加えておいた。

それが功を奏したのか、さらに順位は伸びて35位まで上昇した。改善の効果はあったのだ。しかし、ここからが伸び悩む。30位まではあと一歩だし、せっかくなのでどうにか滑り込ませたい。そこで、ここでできることは全てやろうと決めた。やるだけやってダメだったらあきらめもつくというものだ。

まずTwitterで宣伝するための「カバー画像」を用意した。@なろうもそうだが、カクヨムにもカバー画像や挿絵画像をアップロードする機能はない。ただひたすら文字だけのウェブサイトなのである。しかしTwitterで宣伝しようと思ったら、ヴィジュアル要素があるのとないのとでは大きく効果が変わる。高速で流れていくタイムラインで目立たせるためには、ヴィジュアルは必要不可欠な要素なのだ。画像はいつものようにフォトストックでイラストを買い、タイトルなどを盛り込んで作った。

Twitter宣伝用の「カバー画像」

これを3000人ほどフォロワーがいるぼくのTwitterで定期的に流すことで、大幅にPVは向上した。しかし、★が伸び悩んだために順位は再び45位前後までに落ち込んでしまったのだ。

ここで一つの可能性に思い当たった。PVもランキングになんらかの影響を及ぼしているとは思われるが、主軸となっているのはあくまで★の合計数なのではないかということだ。作家仲間にアドバイスを仰いだところ「完結してから★をつけようと思っている人もいるのではないか」という意見をもらった。そこで、35話ぐらいまで書き続けるつもりだったものを、終盤を整理して全30話で完結させた。この時点で最終期限までは残り5日間。あとはひたすら宣伝するだけである。

そうして、ぼくは7月13日の時点で『我輩は本である』をランキング25位にまで上昇させることに成功した

カクヨム作家の一番長い日

7月14日。この日の23時59分が読者選考の最終期限である。その時点で30位以内の作品に最終選考への資格が与えられる。他に入選の条件とされているものは「5万字以上」ということだけだ。完結しているかどうかは最終選考の条件には含まれていなかった。しかし、この時点で上位50位の作品はすべて5万字を超えており、すでに入選条件を満たしていた。また、多くの作品は完結させてあったので、このゾーンの参加者には「冷やかし」はいないように思えた。

25位は微妙な順位である。自分が順位を伸ばしたときの経験から、★10ぐらいでも大きくジャンプアップすることはわかっていた。単純に★の数だけでランキングが決まってはいないのだが、最もランキング変動が大きいのは★数であり、最終局面ではとにかく★を観測すればいいと考えていた。

そこでこんな表を作った。

★の運行を観測するためのスプレッドシート

13日時点での★数を目視で計測しておき、14日に各作品がどう変動するかを1時間ごとに観測し、自分の順位がどう動くかを測ろうとしたものである。下位に大幅にジャンプアップしてきそうな作品があれば、こちらもなんらかの策を講じる必要があるし、全体に動きがまったくないのであればただ見守ればいい。

午前中、30位〜50位で4作品ほど急激に★を伸ばしてくるものがあった。彼らはTwitterで宣伝をしていたので、その効果が出たのだろう。伸び幅を考えると40位台のものはさすがに上位までは来ないと思われたが、30位台のものは一気に食い込んでくることが予測された。テコ入れゼロでは危ういと思われたので、ぼくもTwitterで追加宣伝し、Facebookなどでも最後のお願いをしておいた。交流のある人たちの多くはすでにレビューしてくれたあとだったのであまりノビシロはなかったのだが、それでも新たに読んでくれた人がいて★9を上乗せすることができた。ありがたい。

夕方になるといよいよ各陣営に動きが出てきた。この頃になると30分ごとの観測ペースになっていたのだが、チラホラと★に動きがでてくるようになった。ここで謎の異変が起こる。まず、僕の★がいきなり3つ減ってしまったのだ。まずい。このまま減ったら圏外に一直線である。下手に宣伝をして反感を買ったのだろうか、などいくつものネガティブな憶測が脳裏をよぎった。しかし、観察を続けると★が減ったのは僕だけでなく、上から下までほとんどの作品で一律3ほど減っていた。多少のバラツキはあるにせよ、全体が地盤沈下したのである。レビューの★は取り消しができるので、誰かが評価を取り下げたか、あるいはアカウントが削除されてしまったかのいずれかの理由が考えられたが、全体に同様に起こるのは妙である。結局、この現象がどういう原因で発生したのかは不明のままだ。これには肝を冷やした。

その後も、20位以上の上位作品には目立った動きはなかった。20位以下のぼくの作品の周辺では★の動きが活発ではあったが、それでも二桁以上伸ばしてくるものはなく、むしろ変動のない作品もあったから、このままならなんとかなるかもしれないとは思っていた。ゴールデンタイムに突入しても、最後にテコ入れをしてくる作者もあまりおらず、そのまま深夜、てっぺんを回った。

しばらくして7月14日付の順位が確定すると、ぼくは24位となっていた。予想通り30位台で10以上の★を上乗せしてきた作品が飛び込み、今日★の追加のなかった作品はそのまま押し出された。ぼくも追加分がなかったら危うかったわけだ。ともあれ無事に30位以内でフィニッシュし、最終選考へ残る資格を得ることができたのだ。また、コンテストに誘ってくれたイクヤタダシも無事11位でゴールしていた。

最終的に30位に残った作品を眺めてみると、実にバラエティに富んでいて興味深い。ただ、やはり小説の執筆や出版に関するものが多いようだ。もちろんぼくの『我輩は本である』もその一つである。ギリギリ5万文字を越える文章量のものが大半で、ぼくのように10万字以上のものは少なかった。今回は受賞すると「賞金20万円+書籍化」という特典がある。書籍化を考えると5万字では少ないので、文字数の多い方が有利なのかなと思ったりもしたが、売り出すときには加筆すればいいことなので、やはり内容重視にはなるだろう。

こうして、ぼくの初めての賞レースはひとまずフィニッシュとなった。この30作品にさらに編集者がピックアップした数点を加え、最終選考へ進む作品が7月のうちに正式公開されることになっている。そして、最終選考の結果は9月30日発表だ。リザルトの発表までは2ヶ月以上あるわけだが、健康に悪いのでそれまでは忘れて過ごすことにしよう。

カクヨム:波野發作『我輩は本である 〜白紙が紙くずになるまで〜』https://kakuyomu.jp/works/1177354054881230791

カクヨムの作品ページ。スマホのアプリでも読める。

執筆者紹介

波野發作
東京生まれ、信州育ち。2014年、「マガジン航」の企画でペンネームを決め、作家活動を25年ぶりに再開する。実用書の編集などで生計を立てつつ、インディーズ出版(セルパブ)での作家活動に力を入れている兼業作家。デビュー作は『ストラタジェム;ニードレスリーフ』。他に『オルガニゼイション』シリーズ、『カブラヤキ』など。現在はBCCKS、カクヨムなどを中心に展開。電書専門の表紙制作者としても活動を広げつつある。
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