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アマゾンはリアル書店で何をたくらむ?

シアトルにオープンしたアマゾンのリアル店舗の公式ウェブサイト。

アマゾンが11月の初めにシアトル郊外のショッピングモールの片隅に「アマゾン・ブックス」という本屋をオープンして2ヶ月が経つ。「出版社との関係構築が目的」とだけ発表したアマゾンは、誰とどんな関係を築こうとしているのか。

日本ではアマゾンが意図する「中抜き」は、出版社ではなく、取次のようだ。大手には甘い取引条件なのに対して、これまではなにごとも後回しにされがちだった中小出版社に対し、アマゾンは「うちに直接おたくの本を卸せば六・六掛け(正味66%)にするよ」などと説明しているとか。

アメリカではそのへんはどうなのか? アメリカでは独禁法により、取次業者が大手出版社に対する取引条件を優遇することが禁じられている。また、どんなに小さな本屋さんでも、ホールセラー(日本の取次に相当する流通業者)から最大手のバーンズ&ノーブルと同じ条件で本を調達できる。書店の規模によって違うのは注文数に応じたディスカウント額ぐらいだ。

何冊注文すればどのぐらいのディスカウント(値引き率。日本では掛け値を使うが、アメリカではこちらが一般的)になる、という一覧表は「スケール」と呼ばれ、35〜50%のディスカウントが平均。ここにアマゾンはオンライン宣伝費などの優遇策と引き換えに、押しに押して53%近いディスカウントレートで大手出版社と取引をしている。

開店後、さっそくあちこちのブログに「アマゾン書店に行ってみた」というレポートが掲載されたが、値段表示がない以外は(店内に置かれた端末かスマホのアプリで確認できる)とくに斬新なことをやっているという発見はなかった。ストックされたタイトル数は5000〜6000あまりと少なく、オンライン書店での売れ具合から陳列されるタイトルが決められているようだという。

各種データを集めるための実験場?

オープン時にアマゾンが示した「関係」とは、アマゾン書店のバイヤーが中小出版社に向けて、「店頭には並んでないバックリスト(既刊本)やミッドリスト(ベストセラーにはならないが、そこそこ売れ続けている本)の提案をしてくれ」と呼びかけたというものだった。しかし、今後も全米各地に同様のリアル書店を次々とオープンさせるという計画は、いまのところ聞かれない。

では、アマゾンはこの店を使って何をしようとしたのだろうか? 私の個人的な見解は以下のとおりである。

1)アマゾン出版の本が紙で他の本と同じように並んでいたら、どう売れるのかというデータを得るための実験場

アマゾンは2011年に、編集者やエージェントとして活躍していたベテランであるラリー・カーシュバウムを引き抜き、出版社の拠点都市であるニューヨークに編集部、すなわち「アマゾン出版」を構えるという発表をした(拙ブログのこの記事や、「マガジン航」のこの記事を参照)。

その結果を言えば、多額のアドバンスをばらまいて目ぼしい企画を取ったものの、バーンズ&ノーブルをはじめインディー書店にいたるまでが「アマゾン出版の本は置かない」とボイコットを表明し、それらの本の成功はEブックでの限定的なものに終わった。アマゾンは結局、ニューヨークのオフィスを閉じ、KDPによるインディー作家の作品から、データを使って紙でも売れそうなものを抽出するという、「アルゴリズム出版」とでもいうべき出版ビジネスに戻っていった。

だが、これではアマゾン出版から出ている本をどう並べて、どう実店舗で見せればどう売れて、それがオンラインでのセールや宣伝とどう違う効果が得られるのか、という情報はわからないままだ。だから今回のアマゾン書店は、自分たちで実際にリアル書店を作って、客がどの棚からどう移動し、どういう情報を元にどの本を買っていくのかというデータを集める、一種の「実験ラボ」のようなものなのだ。

2)アメリカのどの書店よりも良い条件で本を仕入れているアマゾンが、オンラインではなく店頭で本を売った場合の利益率を調べる

前述の通り、アマゾンはその販売量にモノを言わせてかなり有利な条件で出版社から本を仕入れている。裏を返せば、アマゾンのような条件で本を仕入れている書店は他にアメリカに存在しないということになる。

アマゾンにとって、どうしても削りたいコストは送料だ。日本でもアメリカでも、末端の宅配業者がこれ以上は無理なほど締め付けられているのは周知の事実だし、配送倉庫の過酷な労働条件も問題になっている。無人での配送を可能にするドローンや、倉庫の商品を自動的にピックアップするKIVA(現Amazon Robotics)というロボットシステムを導入しているのも、膨れ上がるプライム会員数と比例して増え続ける流通コストを抑えたいがゆえのR&Dだ。

だから、たとえば重たい本だけは全国に本屋という拠点を作ってそこから宅配したほうが、遠隔地の倉庫から配送するよりも安くなる(あるいは安くできる)と判断すれば、アマゾンはそうするだろう。そのためにもオンライン書店と比べて、リアル書店のどこにどう並べればどう売れるというデータが欲しいのだ。

独禁法上の懸念も?

全米書店協会の会長がメンバー各店に送った公開書簡。

ただ、これにはひとつ、現時点で法的に触れそうな問題があると、全米書店協会(ABA)のオレン・テイチャー会長は会員への公開書簡のなかで指摘している。もしアマゾン書店がアマゾン・コム向けの卸価格で仕入れた本を売ったり、その本の売れ残りを返品しているのなら、独禁法に抵触する可能性があるということだ。今のところ、アマゾン書店での本の価格は、オンラインでの価格と合致しており、他の書店より有利になっている。それは独禁法上、問題となるのではないか、アマゾンが「買い切り」で版元から買っているストックをアマゾン書店が返品する可能性はないのか、といった疑念が表明されているのだ。

アマゾン・ウォッチャーからの情報によると、現時点ですでにアマゾン書店には4人のバイヤーがおり、店頭イベントを任せられる人材も募集しているという。しかも感謝祭の翌々日には「スモールビジネス・サタデー」のイベントにも、アマゾン書店は店頭に風船を飾るなどして参加したという。

この「スモール・ビジネス・サタデー」というのは、大手チェーンのリテール(小売店)に対抗して、書店に限らず全国の小さいお店が、「クリスマスのお買い物はぜひ地元のお店でお願いします」と、何年もの時間をかけて浸透させてきた運動だ。もしアマゾン書店が今後、ロケーションをさらに増やすとしたら、全米のインディー書店にとって立ち向かわなければならないバトルが、また一つ待ち受けているということなのだろう。

執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。
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