はじめに
こんにちは、結城浩と申します。
「数学ガール」シリーズという数学物語や、プログラミング技術に関する書籍を書いています。
今回は「私と有料メルマガ」というタイトルで、私が運営している有料メールマガジンについての記事を書きます。
想定している読者として、自分で有料メルマガを運営したいと思っている方はもちろんのこと、文章やコンテンツ作成に関心のある方全般を考えています。
有料メルマガに対しては、ときどきこのような意見を聞くことがあります。それは、
- 有料メルマガはWebに比べてクローズドで、読者は広がらない。
- 有料メルマガの著者は少ない人数のために力を割かなくてはいけない。
というものです。私もその意見は理解できるのですが、自分が有料メルマガを運営しているときに感じていることとはずいぶんずれがあるように思います。
そこで私は、自分の有料メルマガの運営経験を文章にまとめてみようと思いました。それがこの短期集中連載「私と有料メルマガ」を書き始めた主な動機です。
短期集中連載ということで、以下の三回に分けます。主に時系列に沿って書いていくことになります。
- 第一回 皮算用編では、私が「結城メルマガ」を始めようとした経緯と、始めたばかりの頃に起きたことについて書きます。
- 第二回 転換編では、初期の体験から自分が考えたこと、そしてそれを踏まえて行った「結城メルマガ」の方針変更を書きます。
- 第三回 継続編では、現在の私が考えていることを中心に、メルマガ執筆を継続させることの意味、継続させるために工夫していることなどを書きます。
私が経験している有料メルマガはたった一つですから、「有料メルマガはかくあるべきだ」のような大風呂敷を広げるつもりはありません。あくまでも私一人が体験したことを文章として整理し、読者のみなさんにお伝えしたいと思います。
そして、この短期集中連載で、
- 「結城メルマガ」を通して、私がいかに多くのはげましを読者からもらっているか
- 「結城メルマガ」が、自分の仕事全体にどれだけよい影響を及ぼしているか
をお伝えしたいと思っています。
お読みいただければ感謝です。
自己紹介
「結城浩って、誰?」という読者のために、簡単に自己紹介をします。
私はフリーランスの物書きで、本を執筆して生活しています。数学物語「数学ガール」シリーズや、プログラミング言語入門書、暗号技術入門書などを執筆しています。CakesでWeb連載を行ったり、CodeIQでアルゴリズムの問題を出題することもあります。
処女作『C言語プログラミングのエッセンス』が刊行されたのが1993年ですから、およそ20年に渡って本を書いてきたことになります。実際、今回紹介する「結城メルマガ」は《結城浩 書籍執筆20年 特別企画》と銘打って始めたものです。
実は、私はこれまでメールマガジンをいくつか発行していたことがあります。「Java言語Q&A」や「結城浩の『Perlクイズ』」というプログラミング言語を楽しむメールマガジンです。ただし、そのすべては無料メールマガジンでした。後ほど書きますが、無料メルマガと有料メルマガでは、発行するときの心持ちがまったく違います。
「結城メルマガ」について
さて「結城メルマガ」は、正式なタイトルを「結城浩の「コミュニケーションの心がけ」といいます。
- 結城浩の「コミュニケーションの心がけ」 – Webサイト
「結城メルマガ」の運営スタッフは私(結城浩)一人です。何を書くかを考える「企画」、実際に文章を書く「執筆」、原稿整理を行う「編集」、そしてメルマガ発行サイトを経由して購読者にメールを送る「発行」のすべてを私が一人で行っています。
「結城メルマガ」を読者に配送するメルマガ発行サイトは、初めのころ「まぐまぐ」だけを利用していましたが、2012年末から「まぐまぐ」だけではなく「ニコニコチャンネル(ブロマガ)」も利用するようになりました。多少フォーマットを変えていますが、どちらにも同じ内容を発行しています。
「結城メルマガ」の内容は、便宜上いくつかのコーナーに分かれており、
- 「文章を書く心がけ」や「本を書く心がけ」といった書き物についてのコーナー、
- 「コミュニケーションの心がけ」や「教えるときの心がけ」といったコミュニケーションのコーナー、
- 「数学文章作法」「数学ガールの特別授業」「フロー・ライティング」など、執筆している本のプレビュー版提供のコーナー、
- 「Q&A」などのコーナー、
などになっています。オムニバス形式のメールマガジンということですね。
価格は消費税込みで毎月840円、発行頻度は毎週一回、火曜日になります。年末年始にも休みはなく、毎週欠かさずに発行しています。病気で一度たいへん短い号になってしまったことがありますが、そのときにはおわびに読者プレゼント企画を行いました。
記事の分量は変化するのでいちがいにいえませんが、これまでに発行した100回の記事の文字数平均を取ってみると、1メールあたり約9000文字です。ただし、メール以外にもPDFの形式で記事の一部を提供する場合がありますので、メールの長さは増減します。記事の構成についてはまた別の回に書きます。
発行部数は、2012年4月3日に発行した第1回目が107部、2014年2月25日に発行した第100回目は344部です。
以上の情報で「結城メルマガ」の様子や、規模感はおおよそわかってもらえると思います。
有料メルマガをなぜ始めたか
そもそも私がどうして有料メルマガを始めたかといいますと、実はあまり深い理由はありません。
本格的に有料メルマガの発行を考え始めた時期は2012年の3月頃ですが、すでに堀江貴文さんを初めとして多くの方が有料メルマガを発行していました。文章を書いて生活している身として、私も「有料メルマガ」というメディアの動きを注目していました。
「まぐまぐ」の営業さんと話す機会があり、そこで有料メルマガ発行について詳しくお聞きしているうちに、「おもしろそうだから、自分もやってみたい」という気持ちが強くなりました。
ええと、正直に書きますと、堀江さんの有料メルマガの購読者数を耳にしたとき、「うわ、これはもしかすると、とても大きな収入になるのではないか!」と思いました。典型的な「取らぬ狸の皮算用」ですね。いうまでもありませんが、購読部数の桁がまったく違うので皮算用だけで終わりました。
しかし、執筆者が自分で有料メルマガを運営するというのは、収入とは別の大きなメリットを生みます。それは、実際に「結城メルマガ」を運営してしばらくして実感したことです。それについては「第二回転換編」で詳しく書きましょう。
発行前に考えたこと
さて「おもしろそうだから、私も有料メルマガを発行してみよう」と思った私は、発行のための具体的な作業を進めました。
内容を考える
では「結城メルマガ」をどんな内容にしましょうか。
私は有料メルマガの発行を「新しい仕事」として位置づけ、これまでの自分の「本を書く仕事」とは少し違うものにしようと考えました。
ふだん私が書いているのは「数学ガール」シリーズや『プログラマの数学』という数学入門書や、「プログラミングレッスン」シリーズやデザインパターンの本などのプログラミング技術書です。それとは違う内容として「コミュニケーションの話」や「文章を書く話」を読み物として提供しようと考えました。(これは後に方向転換します)。
「コミュニケーションの話」は以前、Yahoo!オフィシャルブログで「コミュニケーションのヒント」という連載をしていたことがあります。また「文章を書く話」は自サイトで「文章を書く心がけ」や「文章教室」というページを公開しています。
つまり私は「結城メルマガ」のコンテンツとして、「紙の書籍」とは別の「ネット向けのコンテンツ」としてこの二つの話を提供しようと考えたのです(この「考え」は後に転換することになります)。
普段からコンピュータで文章を大量に書いていますし、無料のメールマガジンを発行した経験もあり、また自分のWebページを運営している経験もありますから、有料メルマガを発行するための技術的な心配はありませんでした。
価格を考える
もっとも悩んだのが「結城メルマガ」の価格です。
価格は発行者が自由に決定できる「言い値」です。当然のことながら、価格が高ければ収入は多くなりますが、価格が高ければユーザ数に影響があるでしょう。では、いくらがいいのか。結局のところ、税込み840円にしました。多くの有料メルマガで設定されていた価格というのが理由です。ですからこの価格には特別なメッセージはこめられていません。
しかし、いくらにしようかと考えているうちに、有料メルマガが「有料」である重みを改めて感じ始めました。
つまり、こういうことです。
でも有料メルマガは違います。執筆者が自分で値段を付けて発行しているわけですから、読者に「こんなに高い値段にして、この内容でこの品質か……」と思われたくないという気持ちが強く働くのです。
価格に対する考え方もしばらくして転換した部分があります。これも次回に詳しくお話ししましょう。
発行サイトと発行頻度を考える
メルマガ発行サイトは、「まぐまぐ」を利用しようと思いました。一つの理由は基本となるユーザ数が多いこと。それから無料メルマガを「まぐまぐ」で発行していて様子がよく分かっていたからです。(ここもまたしばらくして方針を考え直すことになります)。
「結城メルマガ」の発行頻度は週一回にしました。週一回ならばペースもつかみやすいと思ったからです。これはあまり悩みませんでした。
実際に始めて起こったこと
意外に購読者が伸びない有料メルマガ
いよいよ「結城メルマガ」の発行です。
私が「結城メルマガ」を発行開始したのは2012年4月3日。これに先だって2012年3月23日にサンプル用の第0号を用意し、「まぐまぐ」のWebページで購読者を募りました。また、自分のWebサイトに結城メルマガ用の専用ページを作り、また自分のTwitterアカウントを使って、アナウンスを行いました。
要するに、自分がアナウンスできるチャンネルをすべて使って「結城メルマガの宣伝」を行ったわけです。こんなツイートを流しました。
《結城浩 書籍執筆20年 特別企画》 「コミュニケーションの心がけ」という有料メルマガ始めます! http://t.co/ITJ4YCnK http://t.co/7tslSFUp 「文章を書く心がけ」や「人に教える心がけ」をお話しします。いつか自分も本を書きたいという方必見!
— 結城浩 (@hyuki) 2012, 3月 22
当時のフォロワー数は、13000人ほどでした。当時のメモによると、購読者数がフォロワー数の5%(650人)だったら……、10%(1300人)だったら……という、文字通りの「皮算用」をしていますね。
これはちょっとまずいかもしれない、と初めて思いました。「メルマガを始めます」とアナウンスしてすぐに「ごめんなさい人数少ないのでやっぱりやめます」とはなかなか言えませんから。
人数が少ないということは収入も少なくなり、メルマガに掛けた時間と労力というコストをどう回収するかという問題が起きます。(これについては大きな発想の転換が起きました。これは次回の転換編で)
宣伝しにくい有料メルマガ
「購読者数を増やしたい」と切実に思いました。できることはまずは宣伝をするくらいしかありません。しかしながら、有料メルマガは非常に宣伝しにくいものだということも実感しました。
私はふだんWebで活動をしています。日記を書いたり、有用そうな情報を自サイトで無料で公開しています。そのWebサイトを宣伝するのには何も抵抗がありません。しかし、有料メルマガを宣伝するというのは抵抗があります。「いつもならネットに書いて無料で見せていたものを有料にしますから買ってください」というメッセージに取られかねないと感じたからです。宣伝をためらってしまう。そのままネットで無料公開すればいいことを、わざわざ有料メルマガにして「見せない」とは何ごとかというわけです。
また、Twitterなどで頻繁に「メルマガ購読してね」というアナウンスを流すのもためらわれました。自分が個人としてふだん使っているアカウントで、お金が絡む話をするのに抵抗を感じたのです。自分の書いた書籍の宣伝ならばいいのですが、有料メルマガの宣伝は難しい。私は「無料のWeb」対「有料のメルマガ」という対比の発想から離れられなかったのです。
以上の悩みは「読者に私が提供する価値は何か」また「結城メルマガを読者が購読してくれるのはなぜか」を考えることで発想が転換することになります。
題材を選びにくい有料メルマガ
とはいうものの、宣伝が功を奏したのか、第1回目を発行するときにはぎりぎり100部を越えた107部となりました(そのうち1部は自分自身ですけれど)。
堀江さんのメルマガと部数を比べることはとうにやめていました。ちゃんと現実を見て、せっかく「結城メルマガ」を購読してくださる読者さんがいるのだから、全力でそれに応えなくてはと思いました。
「結城メルマガ」はいくつかのコーナーに分かれていて、それぞれオリジナルの文章を書いていきます。毎回題材を考え、書き進めるわけですが、それ自体はそれほど苦痛ではありませんでした。ただ、時間がかかるのは確かです。
毎週毎週書いていて、スムーズに書けているときは問題ないのですが、うまく書けない回もあります。文章を書く人ならばよくわかると思うのですが、書けるときはあっという間に書ける文章でも、ちょっとひっかかると時間がいくらあっても書けない事態になります。これはなかなかつらいものがありました。
「有料メルマガもおもしろそうだ」と思って始めたのはいいけれど、「書籍を割く時間を圧迫し始めたらまずい」と考えるようになりました。その一方で、有料メルマガの品質を落とす訳にはいきません。というのは、お金をわざわざ払って有料メルマガという新しいチャレンジを応援してくれる読者さんの期待を裏切るのは私の信用に関わるからです。
つまり、有料メルマガは時間と労力がかかるけれど、それほど多くの読者に届くわけではない。しかし、しっかり時間と労力を労力をかけないと品質の高いものはできないし、品質の低いメルマガを出していたら大切な読者さんの期待を裏切ることになる……ということです。
三つの要素のバランスをどう考えるか。これが有料メルマガ運営の最大の問題です。
- 「有料メルマガにかける時間と労力」
- 「有料メルマガの読者数」
- 「有料メルマガの品質と読者の期待(自己の信用)」
有料メルマガの「有料」の重みをしみじみと味わうことになりました。
転換点に向かって
そんなふうに、悩みつつも有料メルマガである「結城メルマガ」を続けていて、次第にわかってきたことがありました。「購読者の姿」と「私にとっての有料メルマガの持つ意味」が見えてきて、「結城メルマガ」は私にとって非常に重要なメディアに育っていったのです。
どのような発見があったのか、そして何を考えてどう転換していったのかについては、第二回の転換編で詳しく書きたいと思います。
(短期集中連載「私と有料メルマガ」第二回 転換編へ続く)
※結城浩さんの「結城メルマガ」の購読はこちらからどうぞ。 http://www.hyuki.com/mm/
関連リンク
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・『再発見の発想法』
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