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TEDは電子書籍でもトレンドセッターになるか

4月にNHKのEテレで「スーパープレゼンテーション」が始まったこともあり、今や日本でも広い認知を得つつあるTEDカンファレンスですが、今回はそのTEDによるTED Booksという電子書籍サービスを取り上げます。

その前にTEDについての基本的な解説をしておきます。TEDカンファレンスが始まったのは1984年と意外に古く、元々は著名な建築家、グラフィックデザイナーのリチャード・ソール・ワーマンが始めた、自身の人脈中心の文化会議の色彩が強かったようです。

TEDの方向性が変わるのは、コンピュータ雑誌のビジネスで財を成したクリス・アンダーソン(未だに両者を混同する人がいますが、『ロングテール』や『フリー』の著書で知られるWired編集長のクリス・アンダーソンは同名異人です)が設立した非営利財団にTEDの権利が渡ってからです。

TEDカンファレンス本家は、参加者から高額な年会費を徴収し(現在は6000ドル)、優れた業績がある人を呼び講演をしてもらうというスタイルを保ちながらも、TEDがライセンスを与え、第三者がTEDの名前を冠したイベントの開催を許可するフランチャイズコミュニティTEDx(先月開催されたTEDxTokyoもその一つです)、そして(TEDxを含む)講演動画をクリエイティブコモンズのライセンスの下でオンライン公開するTEDTalksなど開放路線をとるようになり、一気に認知が広がります。

TEDは国際化にも熱心で、およそ3年前にスクリプトを各国語に翻訳する公開翻訳プロジェクトを始めており、日本でも青木靖さんなど優れた翻訳者の尽力により、海外で話題となったTED動画の多くが日本語字幕付きで楽しめます

TedTalksの日本語翻訳ページ。

今年に入ってからも、講演における「名言」のシェアを促すTED Quotesが始まっていますが、すべてはTEDが掲げる「Ideas worth spreading(広める価値のあるアイデア)」の実践といえます。優れたアイデアをできるだけ多くの人たちと共有し広めたいという大変な熱意に、医療使節団としてアジアや中東を伝道する親の元に育ったクリス・アンダーソンの出自を感じたりもしますが、今回のTED Booksも基本的な精神は同じだと思います。

小説よりは短いが、記事よりは長い

実はTED Books自体は今になって始まったものではなく、2011年1月に最初の本が出てから現在まで15冊が刊行されています。Kindle、iBookstore、そしてNookという主要な電子書籍プラットフォームで購入可能で、大体40〜80ページの分量でどれも一律2ドル99セントです。

今回、2011年1月に刊行されたニック・マークスの『The Happiness Manifesto』と最も最近刊行されたパラグ・カンナとアエシャ・カンナの『Hybrid Reality』を、筆者が所有する四代目無印Kindleで購入して読んでみましたが、前者はニック・マークスが語る「地球幸福度指数」を素材としながらも章立てや文体などちゃんとした本に仕上げている印象でした。後者はパラグ・カンナが描く国家の未来とはまったく違った内容で、まだTEDTalksに公開されていないTED講演を元にした本なのかもしれません(その内容について知りたい方は、The Hybrid Reality Instituteを参照ください)。

TED Booksのページには、「Shorter than a novel, but longer than an article(小説よりは短いが、記事よりは長い)」と謳われており、やはりここを狙ってきたかというのが正直な感想です。「マガジン航」でも大原ケイさんが「「帯に短しタスキに長し」のコンテンツに朗報?」という文章を昨年書かれており、最近でもコンテンツ配信プラットフォームcakesをまもなく立ち上げる加藤貞顕さんが、デジタルだからできる「短い本」というコンセプトをインタビューで語っていますが、考えるところは同じということでしょう。

オライリーのような電子出版に慣れた出版社がビッグデータなど時宜を得た分野について数十ページの分量の電子書籍を無料公開したり、GigaOMなど人気ニュースサイト系ブログが電子書籍の分野に進出しているのもこのコンセプトに合致しますが、重要なのはTEDの講演自体「小説よりは短いが、記事よりは長い」電子書籍を作るのに適した素材だということです。大体18分前後の講演の内容から書籍の体裁を整えれば、一時間から一時間半ぐらいで読みきれる本に仕上がるようです。

アプリからサブスクリプション契約も可能

アプリ版の『The Happiness Manifesto』。読みながらYouTubeの動画が再生できる。

もう一つTED Booksで注目すべきは、今月発表されたTED Books用アプリで、Digital Book Worldの記事によるとAtavistのプラットフォームを採用しているようです(詳細は下のYouTubeの映像を参照)。

筆者のiPhoneのApp StoreからTED Booksアプリを無料でダウンロードして動かしてみましたが、アプリ内から一冊ずつ購入できますし(iPhoneに表示された価格は250円)、3ヶ月14ドル99セントのサブスクリプション契約も可能です(iPhoneに表示された価格は1300円)。こちらは2週間毎に1冊新作が届くので、3ヶ月で6冊分の契約になりますが、今だと契約者に全バックカタログへのアクセス権を認める特典がついています。

四代目無印Kindleと違い、iPhoneアプリだと電子書籍の元となった講演動画をはじめ、画像や音声などマルチメディアコンテンツとも連携します。アプリ内の説明によると、Androidアプリも現在開発中とのことです。

ボブ・スタインが本の未来はappの未来と喝破したのが2010年ですが、特に昨年からappification(アプリ化)という言葉を時々見かけるようになりました。例えばニコラス・G・カーも昨年末に2012年はメディアのアプリ化の年と予言しています。もはやソフトウェア産業とメディア産業の区別はなくなり、メディア産業のappificationによる有料課金こそ生き延びる道だというのがその論旨ですが、一方でアプリ化の波に乗った出版社はうまくいってないという話も今年になって報じられています。

電子書籍ビジネスを考える上で、TED Booksが志向する「小説よりは短いが、記事よりは長い」分量の電子書籍、そしてアプリ化(と特にサブスクリプション契約)の試みがどの程度受け入れられ、成功するか興味深いところです。TEDは電子書籍の分野においてもトレンドセッターの役割を果たすのかもしれません。

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