近年、インターネットの普及や書籍等の電子化に伴い、図書館の社会的役割が大きく揺らいでいるように思われる。今や図書館の一般的イメージは、「無料貸本屋」、あるいは最悪「コーヒーショップの添え物」といった感じではないだろうか。私は子供のころから図書館のヘビーユーザーであり、今の自分の6、7割方は図書館で借りた本やCDから学んだ知識が形作ったと思っているので、寂しいことである。
図書館もさることながら、図書館を司る司書もまた、一般の利用者からは縁遠い存在だ。本の整理係として以外、司書の具体的な職掌を知らない人が大多数ではないだろうか。最近では自治体等の財政難もあって、司書の地位も不安定化しているようだ。
こうした傾向は世界的なもののようだが、最近アメリカでは、図書館、あるいは図書館司書に従来とは違った役割を見いだす動きが出てきている。その一つが、Library Freedom Projectだ。2015年に始まったこのプロジェクトは、大学や自治体の図書館をサイバーセキュリティやプライバシー教育の拠点と位置づけ、図書館司書にTorのようなプライバシー強化ツールの使い方を伝授している。
Torについてはご存知の方も多いだろうが、簡単に言えば、匿名でウェブサイトにアクセスするためのツールである。例えば掲示板サイトにアクセスした場合、書き込み自体は無記名であっても、アクセスログにIPアドレス等の記録が残る。Torは、複数のリレーサーバを経由することで、最後の(全く無関係な)リレーからアクセスしているように見せるので、実IPアドレスは記録されないわけだ。これにより、検閲やトラッキングを心配せずにインターネットにアクセスすることが可能となる。
なぜ図書館にTor?と思う向きも多いだろうが、このプロジェクトは、そもそも図書館とは何なのか、という問いから始まっている。アメリカ図書館協会(American Library Association)が基本原則として採択している「図書館の権利宣言」(Library Bill of Rights)には、
- すべての人に知る自由を提供。著者や背景、思想を理由とする資料排除の禁止。
- 党派・主義を理由とする資料排除の禁止。
- 検閲の拒否。
- 表現の自由や情報アクセスの自由を求める抵抗者との協力。
- 図書館の利用に関する個人の権利の平等な保障。
- 展示空間や集会室の公平な利用。
- 利用者差別の禁止。利用者のプライバシー、個人特定情報を含む利用者データの保護。
という7項目が明記されている。特に3、4、7(これは最近追加された)がポイントで、ようするにアメリカの図書館というのは単に本を貸す場所ではなく、利用者の知的自由を守る場所なのである。ゆえに、利用者保護に情報技術が使えるとなれば、その導入に躊躇しない。アメリカの図書館は1939年以来、思想を統制しようとするファシストや宗教右翼、あるいはテロとの戦いを名目に不当に利用者を監視しようとするFBIやCIAといった情報機関との闘争の場でもあって、本質的にラジカルな存在なのだった。
翻って日本の状況を見ると、実は日本図書館協会の「図書館の自由に関する宣言」にも似たようなことは書いてあるのだが、いかんせん紙媒体を前提としたもので、古色蒼然という感は否めない。なかなか難しいことだとは思うが、政府はもとよりオンライン・プラットフォーム等の大企業による利用者の監視やデータの不当な取得が問題となりつつある現在、日本の図書館も自己規定を問い直す時期に来ていると思う。Torの使い方くらいならいくらでもお教えしますよ。
※本稿は2月20日にYahoo!ニュース個人で公開された「闘う図書館と情報の自由―ライブラリー・フリーダム・プロジェクト」を、著者の承諾を得てそのまま転載したものです。
執筆者紹介
- 1979年東京生まれ。東京大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。一般財団法人知的財産研究所特別研究員を経て、現在駿河台大学経済経営学部准教授。専攻は経営組織論、経営情報論。Debian公式開発者、GNUプロジェクトメンバ、一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)理事。Open Knowledge Japan発起人。共著に『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、『ソフトウェアの匠』(日経BP社)、共訳書に『海賊のジレンマ』(フィルムアート社)がある。
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