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第2回 全米最大のチェーン書店、バーンズ&ノーブルの苦闘

次々とオープンするアマゾン書店が話題を集め、インディペンデント書店のリバイバルが謳われる一方で、ネガティブなニュースばかりが聞かれるのが全米最大のチェーン書店、バーンズ&ノーブル(B&N)の先行きだ。

今年2月に全米600店あまりで働く全従業員1万2000人のうち、1800人のスタッフを解雇したというニュースは日本でもメディアの多くが取り上げた。これは昨年のクリスマス商戦の結果を受けたものと考えられている。前年比で店舗の売上げがマイナス6.4%、BN.com(オンライン書店)がマイナス4.5%と不振だった。

だが、スタッフ数は2009年をピークに年々減少しており、とくに2016年にはB&Nが展開するEブックであるNook(ヌック)部門を大幅縮小したため、この際に5000人がレイオフの憂き目にあっている。Nook部門は日本でも電子書籍元年と言われた2010年から2012年までは年商1億ドルを上げた好調な時期もあったが、その後6年で13億ドルの累積赤字を出している。全体の数字でもB&Nは2013年以降、ずっとマイナス成長が続いているのが実情だ。

B&Nはこのまま衰退を続けるのか、方針を変換して再び浮上することができるのか。社運をかけた新しい試みとしてレストラン併設のプロトタイプとされる店舗がニューヨーク郊外にも一店あるので出かけてみた。ここは書店内にカフェがあるのではなく、酒が出されちゃんとした食事ができるレストランがあるという。

本格的なレストランを併設したプロトタイプ書店

イーストチェスターというNY郊外の町にいくつもあるモールの一角にその店はあった。エンクローズド・モールと呼ばれるアメリカの典型的なショッピングセンターで、同じ敷地内にデパート、家具店、服飾店、ワインショップやカフェが同じビル内で長屋のように連なり、横に長い駐車場を挟んで車道に平行に走るテラスを客が行き交う。

見慣れた深いグリーンの地のロゴとは違う「バーンズ&ノーブル キッチン」という表札に出迎えられたそのモールの一角に入ると、右手にレストラン、左手に書店が広がる。郊外の店舗だけあってかなり広い。都市部の店舗のようにエスカレーターでつながれたフロアに分かれているのではなく、見渡したそのスペースに全部収まっている。

店内を歩くとまず、棚の作りがアマゾン書店と酷似していることに驚かされる。マンハッタンで見慣れた、天井まで届くような背の高い本棚の代わりに、上段でも背表紙が読めるほどの高さの棚が広がり、面陳の本が多いディスプレイの仕方だ。そして棚と棚の間のスペースがゆったり取られ、ベビーカーを押しながらでも回れそうだ。

昨今は本以外の商品が多すぎると揶揄されることも多いB&Nだが、プロトタイプ店では本棚より低いディスプレイで控えめに見える。他の店舗で仕入れが荒くなった雑誌の棚も充実しており、音楽コーナーではCDの代わりにレトロなLPが並んでいる。

丸い大きな照明器具で天井窓を模した中央のスペースにおいてあるソファで寛ぎながら無料Wi-Fiにつなげて、いわゆる”ノマド”作業ができるスペースも設けてある。これまでのB&Nの店舗と比べると、本は回転率重視で選ばれているようだ。

書店にレストランを併設する意味

せっかくだからここで早めの夕食をとることにする。支払いの済んでいない本は持ち込めないが、本を立ち読みする人を眺めながら食事をとれる。メニューを見ると、いまニューヨークで流行りのアボカドトーストやケールサラダに加えて、テーブルでシェアするためのワカモレやフムスがあるので、形容するならお洒落目のカジュアル、といったところか。アントレにはハンバーガーやパスタも並んでいるが、高くもなく安すぎず、良心的な値段設定だ。そして書棚が見えるバーからワインやビールも注文できる。何よりもカトラリーやグラスにちゃんとお金をかけている印象だ。席数は50ほどで、奥まったスペースなら書店に出入りする人通りも気にならない。

食事をしながら、書店にレストランを併設する意味を考えてみた。サンドウィッチやマフィン中心のカフェではなく、きちんとナイフとフォークを使って食べるようなメニューなので、バーカウンター以外で本を持ち込んで読みながら食べるのはムリがある。アメリカの本は文庫本のように片手で、というわけにはいかない。どちらかを「ついでに」消費して、本の売り上げを伸ばそうと言うには無理があるように見える。

そもそも、ショッピングモールを訪れたのも久しぶりだ。アメリカでは2008年のリーマンショック以後、こういったモール、つまり大衆向けデパートや小さな店を集めて一つの建造物となっているショッピングセンターの数は減り続けている。現在では全米に約1100店あるが、これからの5年でその20〜25%が倒産し、すでに櫛の歯が欠けたように空き店舗が目立つロケーションから破綻するリスクを抱えているという。

理由は様々だが、経済的な格差の拡大で中産階級層が減っていること、ウォルマートやターゲットといった、一店舗で生活の全てがまかなえる大型リテイラーの台頭、そしてネットショッピングももちろんその一つである。

B&Nでいただく食事は文句なく美味しかった。アメリカでこの値段で、ポーションもそこそこ、まさにカジュアルダイニングと位置づけていいだろう。そういえば、いままでモールの食事といえば、フードコートに集められたチェーン店の出店ばかりで、ファストフードと変わらないレベルだった。昔はティーンエイジャーから、年金暮らしのお年寄りまでがモールで時間をすごしていたのに、いまではわざわざモールに出かけてショッピングするのは、時間的金銭的に余裕のある人たちだろう。

もし、B&Nにレストラン併設がデフォルトになったら、ついでに食事もできるから、モールに行こうか、ということになるかもしれない。このまま全米のモールが衰退しないで済むような、策を何か講じることができたら、という前提での話だが。

ブッククラブなど店舗以外の施策も

このままレストランが併設されているB&N店舗が増えていく保証はない。というのも、元々この新しい試みを始めたレストラン担当部長はすでにいないからだ。2013年にIT系企業の出身だったウィリアム・リンチCEOが、Nook部門大赤字の責任を取って解任されてからの4年で3回も社長が交代している。それまでの肩書がケーブルテレビのCFOだったり、カナダの家電製品量販店シアーズの社長だったり、といった経歴のCEOを迎えたが、いまCEOを務めているのはオフィス用品小売り大手のステイプルズから引き抜かれてきたデモス・パーネロで、まだCEOに就任して2年めだ。

CEO不在の間は会長のレン・リッジオが臨時CEOを務めるなど、小さな街角の本屋さんが、跡継ぎがいなくて店をたたむのと同じ「後継者不在」で、全米一の大型チェーン書店も藻掻いている。

その間にも、株主に物申す投資会社として知られるサンデル・アセット・マネジメントがB&Nに「身売りをしろ」と働きかけている。B&Nの株価は2006年のピーク時には32ドル近かったのが、いまや4.50ドル前後で推移しており、時価総額も3億2750万ドルほどしかない。リストラ以外に株価を押し上げるような動きがないので、このまま株価が下がれば、レン・リッジオ会長が株を買い戻し、上場を取りやめるつもりなのだという話も聞く。

とはいえ、株価下落に対して何もせず手をこまねいているわけではない。たとえば、全店舗共通の「ブッククラブ」を始めるというのもその一つ。最初の本はメグ・ウォーリッツァーという小説家のThe Female Persuasionであることが発表されたばかりだ。

ブッククラブとは、全米で632あるB&Nの店舗に一斉に集まって、皆で同じ本を読むという催しで、初回は5月2日に開催される。他にも、”Less is More”をスローガンにした、床面積、在庫ともに小規模店舗のプロトタイプを今年中に5店舗オープンし、専門知識のある少人数のスタッフでまわす計画を立てているという。もっとも、これでアマゾン書店のような店がさらに増えるとしたら皮肉なことだが。

店舗以外では、オンラインショップの本を遠い巨大倉庫から発送するのではなく、近場の店舗から配達あるいはピックアップできる、ship-from-storeと呼ばれるオムニチャンネルの配送インフラを準備している。電子書籍のNook部門も見限ったわけではなく、Nook Glowlight 3という新型端末をリリースして、今四半期で初めてNook事業が黒字になった。

先日、カリフォルニア南部のヴェンチュラという町で、B&N店舗内で意識不明の男性が見つかり、その後死亡が伝えられるニュースがあった。だが、だからといってその店を閉めたという続報も聞かない。老舗ならではのタフさで度重なる逆境を乗り越え、B&Nは今日も本を売り続けているのである。

執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。
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