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第1回 アマゾンがリアル書店を展開する思惑

ニューヨークに2軒できた「アマゾン書店・ブックス」(アマゾンが展開する実店舗)をこのところ何度か訪れた。1店はセントラルパークの南西端に位置するコロンバス・サークルにあるショッピングセンターの中に、もう1店は目の前がエンパイア・ステート・ビルという立地で、ショッピング客が多い34丁目界隈にある。通りすがりの観光客なら立ち寄る人もいるだろう。

普段からアマゾンでネット通販を利用している人なら、アマゾンの名前が路面店に冠されているのを見て興味をひかれるかもしれない。だが、ここはよく本を読む人にとってなんの魅力もない場所に思える。ずっとこの違和感の正体を考えている。

アマゾン・ブックスのコロンバス・サークル店(撮影:大原ケイ)。

マンハッタンの34丁目店(撮影:大原ケイ)。

ニューヨークの本屋は次々に廃業

2017年の11月にアマゾン・ブックスの第1号店がシアトル郊外のモールの一角にできてから、いよいよアマゾンが全米に残りわずかなインディペンデント書店を潰しにかかったか、と恐れる報道も一部には(特になぜか日本で)見られた。このまま全米に最大で数百の店舗規模を考えている、と早とちりした不動産関係者のリークもあったが、そんな予想に反して、アマゾン・ブックスは最初の一握りの店舗がオープンした後は「開店準備中」も含めて16店で止まっている(2018年1月末現在)。

アマゾン・ブックスは現在、カリフォルニア州に2店舗、ニューヨーク州、マサチューセッツ州、ワシントン州に各2店舗、イリノイ州、オレゴン州、ニュージャージー州に各1店舗を展開。さらに近日中にメリーランド州、テキサス州、ワシントンD.C.にも開業の予定。

2008年秋のリーマン・ショック以降もまったく地価が下がらないニューヨークでは、イーストビレッジにあったセントマークス書店も、珍しいクックブックを集めたボニー・スロトニク書店も、力尽きてクローズしてしまった。マンハッタンはもう薄利多売の本屋さんが店を回していけるような場所ではなくなってしまったということだろう。いまもがんばってる書店は自社ビルだったり、長期リースがまだ切れないだけで、家賃の値上がりや店主後継者がいないために廃業や移転を余儀なくされている店が後を絶たない状況だ。

アマゾンがその気になれば全米一の書店チェーンを展開することなど容易いことだろうに、アマゾン・ブックスはなぜ雨後の筍のように増えていないのだろうか? その間にもアマゾンはオーガニックスーパーのホールフーズを買収したり、無人レジ店を設置している。そうした積極的な戦略の中では、むしろそのスローペースのほうが気にかかる。やはり、アマゾンは全国に「ブリック&モルタル」と呼ばれるリアル書店を大々的に展開する気はなさそうだ。

店舗の設置を通して欲しかった現場の情報は、既存のアマゾン・ブックスを通して既に入手しているのかもしれない。あるいは、これまで店舗を構えてきたシアトルやボストンといった都市部の不動産物件は、最初から10年契約が当たり前で、そんなに悠長にデータ集めに時間をかける必要はないと判断したのかもしれない。本棚を見て回っても、こうした考えばかりが浮かんで来て、そこに並んでいる本に集中できない。見た目にはかなり小奇麗で洒落た空間であるはずなのに。

電子書籍や音声アシスタント端末も陳列

アマゾン・ブックスでは本はほとんど全てが平積みか面陳だ。それをきれいに浮かび上がらせるLCDライトが仕込まれた本棚は特注だろう。雑誌の棚があり、座り心地のいいレザーの椅子が置かれた様子は、飛ぶ鳥をも落とす勢いのあった頃のバーンズ&ノーブルを偲ばせる。ジャンルのレイアウトもわかりやすく、ディスプレイは黒を基調としたトーンで統一感がある。なによりも、面陳のおかげで首を傾げずに本を眺められる(英語の本は「背差し」だとタイトルが横倒しになるため、つい首が右に傾ぐ)。

すべての本は表紙を前に向けた、いわゆる「面陳」で並ぶ(撮影:大原ケイ)。

他の書店と違うところといえば、アマゾンが展開するハードウェア製品が集められている点だ。2012年にリテール(量販店)のライバルであるウォルマートやターゲットからキンドル商品を引き上げて以来、店頭でアマゾンのガジェットを売っているところがなくなっていた。

いまや何世代ものバラエティーが揃った電子書籍リーダー「キンドル」や、タブレット「キンドルファイア」、人工知能アレクサを搭載した音声アシスタントである「エコー」、映画やドラマ、スポーツなどが楽しめるデバイス「ファイアーTVスティック」などが並べられている。

「キンドル」シリーズの各種端末(撮影:大原ケイ)。

音声アシスタントの「エコー」も陳列(撮影:大原ケイ)、

昨年の暮れからアマゾンはひっそりアマゾン・インドで独自のスマートフォン、「10.or」 (Tenor テノールと呼ぶらしい)を売り出した。これがインド限定とは思えないので、いずれ全世界でも発売するだろうし、そのときにこそ、アマゾンが開発した新しいスマホを手にするためにITギークな人たちがアマゾン書店にやってくるというわけだ。すでにアマゾンのガジェットコーナーには書店員とは別の担当者がいて、客のニーズを聞きながらキンドルを選んだり、エコーでできることを詳細に説明してくれる。

アマゾンが開発する格安スマートフォン、「10.or」の公式サイト

これこそ他のリテールでショールーム機能が果たせないアマゾンオンリーのガジェットを売るために、つまり実際に客に触って試してもらうためにアマゾンが作りたかったリアルな「場」だろう。だが、スマホを売るためにわざわざ書店を作ったとは思えない。ハードウェアの陳列・デモだけならば、グーグルがやっているような期間限定のポップアップ・ストアで事足りる話だ。アマゾンはリアル書店で何をしようというのか。

プライム会員への誘導が目当て?

ニューヨーク市内の2店から判断すると、店の広さは100坪前後、在庫はマスコミを通じて約5000タイトルと報じられていたが、もう少し少なく、3000タイトルぐらいとみた。同じ規模のインディペンデント書店ならこの3倍近いタイトルを揃えているだろう。売れ筋の本だけを厳選、つまりオンラインストアのホームページを眺めているような気になる。

本の値段はプライム会員ならオンラインと同様、かなりのディスカウントで買える。プライム会員ではない人には小売希望価格(定価)だ。アマゾンほどでなくとも、売れ筋の本を何割か安く買うことに慣れているアメリカの客には高く感じられるだろう。そこですかさずレジ係が声をかける。「いまこの場で1ヶ月無料のプライム会員にお試し入会していただくと、ディスカウント価格になります」と。だからこの書店はアマゾンのプライム会員誘致キャンペーンの場だとも言える。

アマゾン・ブックスの書店員の仕事は楽だ。IT企業特有のフレンドリーな接客さえできていれば、客が探している本は手持ちのタブレットで調べてそのタイトルがある場所さえ突き止めればいいのだし、棚になければ「ぜひぜひオンラインでお求め下さい」と勧めておけば取り寄せ注文をとる必要もない。本のことを誰よりもよく知っている書店員、などというのはアマゾン・ブックスには無用なのだ。もしかしたら「店員」そのものも。

アマゾンは、本社のお膝元であるワシントン州シアトルに、レジのない無人コンビニ「アマゾン・ゴー」を一般客に向けてオープン(社員限定の店はあった)した。さらに「アマゾン・フレッシュ」という、ネット予約しておいた新鮮な野菜を指定時間にドライブスルーで受け取れるという新形態のスーパーも始めている。都市部のプライム会員相手に注文したものを1時間内に届ける「プライム・ナウ」というサービスもある。

その一方で、ロジスティックスの中抜きもスケールが大きく、アマゾン専用の貨物用ジャンボジェット機を数十台リースしていたり、中国の工場から直接商品を受け取るための貨物船会社の免許もとっている。無人ドローンの実験も行い、ジェフ・ベゾス社長は宇宙に有人・無人のロケットを飛ばそうと、ブルー・オリジンというベンチャーのエアロスペース会社を作った(月からもオーダーできる日も遠くないのかも)。

アメリカは「出版不況」ではない

アマゾンが「ディスラプション(創造的破壊)」をもたらそうとしているのは、グローバル規模の「リテール」そのものであり、全米にわずかに残ったインディペンデント書店を潰すというような“ちゃちな”目的は持ち合わせていないだろう。そう思うと、「アマゾン・ブックス」と名乗っているこの店は「本屋の仮面を被った」何か別のものだという気がしてならない。

思えば、アマゾンが最初にオンラインで売り出したものこそ「本」だったが、それはリテール全体に投じた最初の石でしかなかった、と、いまなら思える。その最前線に立たされた「書店」が、どうアマゾンを迎え撃ってきたか。いまもどう戦っているのか。この短期集中連載では、もう少し突っ込んで考えてみたい。

米国内の書店は、本能的にそのことを見抜いているが故に、アマゾン書店が次々とオープンしても、自分たちの店が潰れるとは思ってはいないようだ。その一方で、店舗数で国内第4位だった「ブック・ワールド」というチェーン店が経営破綻に追い込まれたばかりでもある。あまりニュースにはなっていないが、最大手バーンズ&ノーブルも新たな展開を試しつつある。そしてインディペンデント書店と呼ばれる街角の小さな本屋さんも、マンハッタン以外の場所でまだまだ元気に息づいている。

「出版不況」という言葉を英訳しても、この街の人たちには通じない。

(短期集中連載・つづく)

執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。
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