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こんまりの「片づけ」本は海外でなぜ売れた?

谷本真由美さま

前回のお手紙をいただいてから少し時間が経ってしまいました。

日本では本の印税率が下がってきていて、とうとう「印税率3%で本を書いてくれ」と言われたというビジネス書の著者さんの話をFacebookで見かけて背筋が凍りました。事態はここまで来てるんですね。

これが英語圏の出版社だと、新人でもハードカバー(ようするに「新刊書」)の印税が10%、増刷がかかって10万部を超えたあたりから数%割増しになるのが普通です。超売れっ子先生だと初版から12%、本がバカ売れして増刷になり、「お札を刷っているような状態」になれば15%までハネ上がります。

印税率より大きな違いは、英語圏での出版物には通常「アドバンス」と呼ばれる印税の前払い金があることです。しかもその一部は、原稿を一文字も書いてなくても、出版契約を結んだ時点で支払われる。ようするに出版社にとってアドバンスというのは、著者に対し、このコンテンツを使って商品にして頑張って売りますという「コミットメント」なんです。だから著者は、たとえ本が大コケしてまったく売れなかったとしても、この前払い金を返さなくていい。出版社は「本を売る」プロなのだから、売れなくてもそれは著者の責任じゃなくて、出版社の側の責任だということなんです。

だから、出そうとする本に対してどれだけのアドバンスが出せるか、その上限額が、出版社や編集者による著者なり作品なりへの評価となる。そして、高額のアドバンスを出しておきながら、売れない本ばかり作っている編集者は当然、クビになるわけです。それが日本の大手出版社だと誰もクビにもならず、「過去に出した本が売れなかった」ことを理由に、新たに出す本の部数をどんどん減らし、印税率も下げてくる。その一方で、自分たちのお給料だけは相変わらず高額が保証されたまま……というのでは書き手の側は誰も納得しませんよね。

この傾向が加速化されて、初版は数千部、なおかつ印税は3%などということになってくると、著者が食べていけなくなり、さらにコンテンツが劣化、本がますます売れなくなる……というジリ貧のサイクルが見えてくるわけです。

「断捨離」は英語圏では通じない。

こんな暗い話ばかりしてもしょうがないんで、明るい話題として近藤麻理恵さんの『人生がときめく片づけの魔法』の話でもしましょうか。この本は「Spark Joy: An Illustrated Master Class on the Art of Organizing and Tidying Up」という題名で英訳され、「パブリッシャーズ・ウィークリー」のノンフィクション部門で昨年の年間1位になるほど、アメリカでバカ売れしました。電子版を合わせると190万部を突破したそうです。英語圏に続いてイタリアやブラジルでも10万部近く出ています。

整理法、片付けの本といえば日本でだって昔から色々と出ているし、英語圏にだって類書はあります。こんまりさんの本が日本で売れた2011年あたりは、「断捨離」をキーワードとする似たような本が数えきれないほどありました。「これならアメリカでも行けるんじゃないか」と、私も他の著者の断捨離の本について相談されたことがありましたが、類書に比べてこんまりさんの本は英語圏でも成功する可能性があると感じました。その理由をいくつか挙げてみます。

1)メッセージがポジティブでわかりやすい
「断捨離」という日本語フレーズ(しかも仏教由来の)を英語に持ち込むのはハードルが高いです。日本にはカタカナという便利な文字があって、海外から来た新しい事物やコンセプトなどがカタカナ表記ですぐに定着しますよね。おかげでビジネスやITの業界では安易なカタカナ語が氾濫してしまうわけですが。

でもその反対に、日本語の言葉を英語圏の人に覚えてもらうのは、メイロマさんもご存知のとおり、かなり難しいのです。武士が腹を切る行為は正しくは「セップク」だといくら言っても、あいかわらず「ハラキ〜リ」と呼ばれてしまいます。sudoku という言葉を最初に聞いたときも「数独」が思い浮かばなくて、わかったときもなんだ「ナンプレ(number place)」のことか、という感じでした。いくら政府がwashokuだのomotenashiだのとがんばったところで、そんなに簡単には根付かないんです。

そこで行くと、こんまりさんの本はムリにdanshariやtokimekiという言葉を海外の読者に覚えさせるのではなく、「spark joy」という表現に置き換えたのがよかったですね。

さらに「要らないものを捨てる」ではなく「大事なものだけとっておく」というポジティブ発想もよかった。ただでさえ面倒くさい「片付け」という作業を、坊さんの修行のようにやれと言ってもアメリカ人には意味が通じなかったでしょう。

2)こんまりさん自身のストーリーが描かれている
数ある片づけ本のなかで、彼女の本が抜きん出ていると思ったのは、この部分です。冒頭で綴られている少女時代からのエピソードが笑えるストーリーとして読める。子供の頃からお小遣いで整理整頓グッズを買っていたとか、自分のものを整理し尽くしてしまい、家族の物まで無断で捨てたりしてたとか。彼らはこういう話が大好きなのです。

でも結局、世界中でこれだけのベストセラーになったのは、大手出版社がコミットして本を売ったからということに尽きます。こんまりさんの場合、英語圏ではまずイギリスのイーブリーという出版社が出して、その姉妹社のランダムハウス傘下のテン・スピード出版というところがアメリカ版を出した。だからこそ、これだけ売れたということもできます。

さて、では日本の著者はどうしたらいいのか。この先いくら出版社から本を出しても、印税がスズメの涙ほどしかないのなら、どうしたって海外を視野に入れて考えるしかないでしょう。私はそのお手伝いをしたいと思っているのですが、なかなか理解されず困っています。

※この投稿への返信は、WirelessWire Newsに掲載されます


この連載企画「往復書簡・クールジャパンを超えて」は、「マガジン航」とWirelessWire Newsの共同企画です。「マガジン航」側では大原ケイさんが、WirelessWire News側では谷本真由美さんが執筆し、月に数回のペースで往復書簡を交わします。[編集部より]

執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。
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