3月5日、EU司法裁判所はフランスとルクセンブルクが電子書籍に適用していたVATの軽減税率をEU法違反と判決した(判決文[PDF]。下はこの判決を報じたニュース映像)。この2国は、電子書籍を紙の本と同じ扱いとして、2012年からフランスは5.5%、ルクセンブルクは3%と軽い税率で販売することを許可していた。
他のEU加盟国は電子書籍を「電子的なサービス品目」として扱い、20%前後の税率を適用していたため、統一市場として不平等な競争の様相を呈していた。 EUの今回の判断は、「電子書籍は紙の本とは違う」「加盟国はEUの税制を遵守し足並みを揃えなければならない」というメッセージを明確に発した。
© European Union, 2015
EUの付加価値税体系はどうなっているか
この記事を書いている私はベルギーの首都、そして欧州の首都とも称されるブリュッセル在住である。ベルギーでは基本税率は21%。法人税や所得税も利益の半分が持っていかれる。欧州の税は重い。
そもそも、EU加盟国では日本の消費税にあたるVAT(付加価値税)が基本的に20%前後に設定されている。日本は2014年に8%になって大騒ぎだったが、ヨーロッパではその倍以上である。しかし、すべての品目ではない。食料品や水道水、医薬品、そして書籍雑誌など日常生活や文化に関するものには軽減税率が適用されている。例えば、紙の書籍をベルギーで買うと税率は6%。日本の消費税よりも安い。(参考:主要国の付加価値税の概要[財務省])
一般消費者の心理としては、同じものならより安く買いたいのは当然である。そして、紙の本が電子になった途端に20%の高税率がかけられるのは理解に苦しむ。文化は保護されてしかるべきではないか。芸術大国フランスに横暴な税制をしいるとは、けしからん判決だと思う方も多いだろう。
しかし、いったん整理して考えてみよう。EUの理念は、戦争を回避するため軍事と政治を連携させ、経済的に団結して統一市場によるダイナミックな動きを実現する、そのためにはEUで共通のルールを作って加盟国はそれを遵守するというところにある。EUの行政を司る欧州委員会には、競争法という分野で大臣にあたるコミッショナーが存在するほどだ。つまりEUで決められることが各国の法律より上位にある。EU法違反や財政規律違反は制裁もしくは追放の対象になる。
電子書籍に軽減税率が認められない理由
ならば、EUはどういった品目を軽減税率の適用対象としているのか? 答えは明確である。「VAT指令のAnnex IIIに掲載されている品目」[PDF p.69]。ここに書籍が含まれている。ただし、その記述は非常に限定的なものであることに注意したい。「物理的な媒体による本の提供」に対してと明視されている。
supply, including on loan by libraries, of books on all physical means of support (including brochures, leaflets and similar printed matter, children’s picture, drawing or colouring books, music printed or in manuscript form, maps and hydrographic or similar charts), newspapers and periodicals, other than material wholly or predominantly devoted to advertising
これをご覧いただくと分かるが、「ぬり絵の本」「楽譜」などは具体的な種類まであがっており、軽減税率を適用してよいことになっている。しかし、この法律の文言からは電子書籍に軽減税率を適用してよいとは読みとれない。
今回、法廷が出した結論は「たしかに電子書籍を読むためにはパソコンやブックリーダーなどの物理的な装置を必要とするが、電子書籍の提供にそのような物体は含まれていない。したがってAnnex IIIのリストに含まれるものではない」というものだ。また欧州委員会は、VAT指令のなかで軽減税率も含めてすべてのVAT税率は原則として5%以下にすることを禁じると定められているにも関わらず、ルクセンブルクが3%という超軽減税率を適用したことを批難している。
フランスとルクセンブルクの気持ちも分からないではない。「電子書籍は紙媒体の書籍と実質的に同じものである」というのがこの2国の基本的スタンスといえる。消費者の心理としてもそうだろう。安いに越したことはない。
これまでの3年間の軽減税率適用についてフランスとルクセンブルクに罰則が課せられるかどうかは現時点ではっきりしないが、この判決を受けて2国はすみやかに税制を変更する義務が課せられた。さらに独自の税制を強行する場合は、より強制力のある制裁が行使される可能性も高まる。もし電子書籍への課税を軽減したければ、EU指令自体を書き換えてから、という段階を踏む必要があったことは事実である。
本当の敵はアメリカ
一見するとEU内で争っているように見えるが、本当の敵は別のところにいる。アメリカである。
スノーデン事件より話題性が低いかもしれないが、国際企業を揺るがしたルクスリークス(Luxleaks)という情報の漏洩事件が2014年11月に発生している。ルクセンブルクの税務当局とコンサルティング会社の極秘書類が流出した事件だ。同国は1990年代初頭から国際企業が欧州の拠点とする場所になっていた。誘致のために優遇税制を敷いたからである。
出版関係ではAmazon を筆頭に、Barnes & NobleのNook、KoboなどがルクセンブルクのVAT 3%の有利な税率で競争していた。実質的に租税回避のための非常にグレイな企業戦略である。さらにAmazonに関しては二重にイカサマをしていた疑いが濃厚だ。EU内で得られた利益をAmazonはルクセンブルクで計上している。しかし、そのお金はルクセンブルク以外で税申告している関連企業にロイヤルティーを支払う方法で利益を低く見せていた。
1990年代から比較的最近まで、ルクセンブルクの首相や財務大臣を歴任していたのが、現欧州委員会の委員長ジャン=クロード・ユンケルだ。脱税大国ルクセンブルクを作った張本人がEUの公平な競争を論じ、EU司法裁判所の所在地であるルクセンブルクで今回の判決が出たことは、運命の皮肉としか言いようがない。
とにかく、この一連の展開は、ルクセンブルクを足がかりにEU市場に土足で侵入したAmazonを撃退して、欧州独自の電子書籍市場を形成したいというシナリオにそって物語が進んでいる。これと合わせて考えたいのが、EUでは2015年1月から、「電子書籍の税率は販売サイトの国ではなく、購入者の居住地によって決定される」と、すでに法律が変更になっていることである。例えば、ベルギー在住の私が電子書籍をネットで買う場合、販売サイトがルクセンブルクであろうがイギリスであろうが、私の居住地であるベルギーの税21%を払うことになる。
まずは「公平さ」を確保することで、ルクセンブルクの税収は激減し、イギリス、ドイツの税収が伸びると予想されている。今後の課題は「電子書籍と紙の本のバランスの取れた税率を決める」ことにある。
電子書籍の税率をめぐる各国の動きは混乱している。「物理的な媒体だったらいい」を拡大解釈して書籍情報をメモリー・カードやCDに入れる企業が現れたり、イタリアではISBNが紙と電子の違いを差別しないことに目をつけてISBNコードがついていれば4%の税率にすると決めた。マルタも同様に5%にした(2015年1月から施行されている)。こうした動きを欧州委員会とEU司法裁判所は黙って見ていないだろう。また、イギリスはEUの市場に参入する際に交渉した結果として紙の本は0%の無税である。電子は20%とEU法を遵守しているものの、イギリス出版関係者のなかには電子書籍も無税にすべきという意見も多い。
イノヴェーション潰しにはあらず
高税率に批判が高まっているものの、EUは電子書籍のイノヴェーションを潰そうとしているわけでは決してない。欧州委員会自体も従来の紙の本と電子書籍の税率を同じものにする方向性で動くことは可能かどうか、かなり前から議論を開始している。EUには「同等の商品には同等の税率を」という大原則が存在する。おおよそ15%の税率の乖離は、しだいに是正されていくと見られている。
私個人の生活感覚から言えば、当面は10%前後の税率が妥当なのではないだろうかという気がしている。そして、煩雑な計算を避けるためには税率はEU域内共通としたほうが賢明ではないか。文化的貢献度を考えれば20%ではいかにも高すぎる。逆に印刷や流通のコストを大幅にカットできる電子書籍というメディアの性質上、一気に紙媒体と同じ5%ほどにすると従来の紙媒体の競争力が突然低下してしまう。時間をかけて段階的に差を埋めていくほうが合理的と思われる。
EUは電子書籍と税の問題に方向性を見出そうと、もがいている。文化の促進者か、軽減税率の不正利用者か、禍中のフランスとルクセンブルクの真価が問われるのはEU全体の税制改正という次の章のようだ。
※山本浩幸さん運営のベルギー情報サイト「青い鳥」の記事「EU司法裁判所が「電子書籍への軽減VAT税率はEU法違反」と判決」(2015年3月8日)を加筆のうえ転載したものです。
■関連記事
・ロンドンブックフェア2014報告
・ロンドンブックフェア2013報告
・イタリア電子書籍事情
・ヨーテボリ・ブックフェアへのブックバス
・北欧から見たヨーロッパ電子書籍事情