この秋、アマゾンがマンハッタンに路面店を出すという噂が出回ったとき、それって、クリスマス前のこの時期にアメリカのあちこちで見られる期間限定の「ポップアップ(ひょっこり現れる、という意味)」店ではないか、というコラムを拙ブログに書いた。これを読めば、およそクリスマスプレゼントになりそうなものは、ジュエリーからマフラーまで、ありとあらゆるものを売るお店が登場するのも、それなりの需要があるからだということがわかってもらえるかと思う。
ポップアップ書店も然り。人にプレゼントするからには、必ずしも最初からこの人にこの本をあげる!と決まっているわけではなく、オンライン書店で特定のタイトルを検索するよりも、実際に本が並んだ場所で表紙を眺め、手にとって「ああ、この本はあの人が喜びそうだなぁ」という買い方をするので、ポップアップ書店が便利なのである。
既存の書店がどこか買い物客が集まりそうなロケーションにギフトっぽい本を並べる、というのが王道だとすれば、他にもゲリラ的アイディアで、色々な人たちが、様々なロケーションで、突拍子も無いことを試みるのがポップアップ書店の面白さである。……ということで今年のニューヨークで目に付いたポップアップ書店を紹介してみよう。
ウィリアム・モリス・エンデバーの「ギミー・ブックス(ホンヲクレ)」
まずは、ニューヨークの書籍出版業界でもニュースになっていたのが、大手エージェンシー、ウィリアム・モリス・エンデバー(WME)が、ロウアーイーストサイドに3日限定で作った「ギミー・ブックス(Gimme Books)」(「ホンヲクレ」ってな意)。私が知る限り、リテラリー・エージェンシーが地元のニューヨークでポップアップ書店をやるのは初めてじゃないかな。
このWME、実は同じくファッション&スポーツの大手エージェンシーであるIMGを昨年暮れに買収していて、この夏にマイアミで行われたファッション・ウィークでもGimme Booksというポップアップ書店をやっていたようだが、あまり「本に関連したイベント」という感じがしなかったので、このときはスルーしていた。
今回のニューヨークのポップアップ書店も、そのお抱えの著名人の中から、ちょうどこの時期に本を出しているクライアントを集めてサイン会を催し、ついでに他の本も置いてしまえというわけだ。メイクセンスだね、というわけでさっそく下見へ。さすが大手ともなると、ちゃんと通りに面したお店を居抜きで借りていた。おそらく、リース契約しているテナントが品物を運び込む前に使ってもいいよ、という話になっているのだろう。いつもどこかしらで映画撮影をしているニューヨークでは、ロケーションスカウト屋に頼めば、ありとあらゆる条件で物件をブッキングしてくれるのだ。
店内はいかにも仮住まいといった佇まいで、スカスカ感漂う簡易本棚が並んでいるだけ。でもこのコミックや本を使ったクリスマスリースは、私にも作れそうでオシャレだなぁ。目玉商品としては、日曜日の午後にサイン会が予定されているエイミー・セダリスの”I Like You”とジェームズ・フレイの”Bright Shiny Morning”ですかね。他にも今ベストセラーとなっているエイミー・ポーラー(TVで人気のコメディ女優)から文壇の薫り高き女流作家ジュンパ・ラヒリの本まで並んでいるので、WMEのクライアントリストそのまま。
レジは最低限のお釣りとSquareで通せるクレジットカードのみ(日本で翻訳本を作っている編集者やタトル・モリの人にだけ通じる話で恐縮だけど、翻訳権担当のトレーシーも同僚たちと店番してたよ〜)。
ハーパーズ・ブックス (ホテル・ヒューゴにて)
ロウアーイーストサイドといえば、小洒落たカフェやセレクトショップが多いエリアで、お店がガラス張りで中が丸見えなので、サイン会のない時間でもふらっと通りかかった人が入りやすい雰囲気。こんな風に偶然見つけられそうなポップアップ書店と対極にあるのが、次に紹介するハーパーズ・ブックスのポップアップ書店。
その前にちょっと説明が必要なんだが、マンハッタンから数時間で行けるイーストハンプトンという高級避暑地があって、いちおうビーチだが誰も海水浴目当てに行く人はいなくて、毎週末、そのエリアは超お金持ちから、その人たちに近づいて儲けてやろうという取り巻きたちでごった返す。そのイーストハンプトンにある「ハーパーズ・ブックス」というのは、古本屋というより、アートギャラリーに近く、稀覯本やアートプリントを売っていて、冬になると当然ながら避暑客はいなくなるので、閑古鳥が鳴き放題。
ポップアップ書店のある場所は、ウェストソーホーと呼ばれている(でも新興のこうしたエリアにノリータだのダンボだのと新しい名前をつけること自体がもうダサいんだそうだ)。ソーホー・グランドやマーサーやザ・ジェームズといった高級ホテルがあって、夜景が楽しめるバーに夜な夜な成金お金持ち系が遊びにくりだし、ハンプトンの冬バージョンの饗宴が繰り広げられるところ。
そんなホテルのひとつ、ホテル・ヒューゴの204号室、という一風変わったロケーションでポップアップ書店をやっている、と聞いて恐る恐る訪ねてみた。そこには見た目古そうでも実は数万〜数十万円というアンティークの写真集、美術書、アートプリント、「ジン」と呼ばれる同人誌などなどが置いてあって、決まって、ああ、こういうの神保町でコレクションしてるよね、みたいな日本語の本も並んでいる。そこで店番をしていたネイサンという奇特な若者に出くわした。
しかもホテルの部屋と言っても、古めで由緒あるホテルのスイートルームなんかと違って、ブティックホテルって軒並み狭いのである。シングル1泊400ドルとかボッたくるくせに。ということで、ベッドの上や家具を使っただけではディスプレイできる場所も足りないので、なんと、バスルームにまで本を並べている。しかも下ネタ系の本やポスターを。
シャワールームの中にクリストファー・ウールの限定プリント(たぶん数百万円する)があるのを見たときは思わず「このシャワー、元栓止めてあるよね?」と確かめてしまったくらい。
こうなると通りかかるのは同じフロアにたまたま泊まっているホテル客だけになるので、口コミやネットでの宣伝が頼り。あるいは夜な夜なこのエリアに繰り出す、アートがなんたるかもわかってないお金持ちが、連れのモデル崩れ嬢のために気まぐれにポンっと買っていくとか。
ネイサンくん、普段は自分で見つけた本やアートをインスタグラム(Instagram)を使って売っているそうで、いわゆるネットの「せどり」業といったところ。アマゾンのマーケットプレイスを使っても本は売れるけど、あれだとISBN番号を入れてあらかじめ決められたカテゴリーにはめていかないといけないんで、本じゃないものもいっしょに売るには面倒くさいし、珍しい美術書や、古い写真集だと、どうしても画像で本を見ないことには判断できないから、インスタグラムが便利なんだとか。
売れたら売れたで、大判の本やアートは送料がかかるし、売り値段のパーセンテージでアマゾンに手数料を取られるので、だったら自分でSNSを使って本を売る方がいい、というたくましい心意気が感じられる。たまたまホテル・ヒューゴの広報の人と知り合いだったから、空いている部屋を借りることになったけれど、ホテル側も宣伝のひとつとして、他のアーティストにも場所を提供していくらしい。何か一つでも売れたらホテル代ぐらい出そうだしね。
文芸誌「パリス・レビュー」のポップアップ書店
そしてもうひとつ、ゲリラ豪雨みたいなポップアップ書店のイベントを紹介。文芸誌「パリス・レビュー(Paris Review)」がイーストビレッジにあるイタリアンレストランでたった1日、3時間限定でクリスマスイベントを開始。
バックナンバーだの、Tシャツやトートバッグ、ワンジーと呼ばれるベビー服までをちょこちょこっとテーブルに並べただけだが、それなりに定期購読者のファンが現れて、なんとも手作り感あふれる微笑ましいイベント。
「パリス・レビュー」の編集長、ロリン・スタインはファラー・ストラウス&ジルーという文芸出版社時代からの知り合いなので、バイアスかからないように他の人に質問をぶつけたところ、普通にオフィスでクリスマスパーティーをやるよりは、こういうイベントの方が「売り子になって文化祭やる気分」が味わえて楽しいとのこと。
何より特筆すべきは「パリス・レビュー」、ここ10年で部数が減るどころか約3倍に伸びているそうだ。折しも、老舗政治ニュース論説誌「ザ・ニュー・リパブリック」では、救世主と思われたIT長者のクリス・ヒューズが買収後、編集にあれこれ口を出し始め、辞表を出した編集長にくっついてスタッフがごそっと辞めたというのがニュースになったばかり。本もそうだけど、雑誌はもっと苦しいよね、と水を向けたら「実は、そのクリス、『パリス・レビュー」にも出資してた時期があったんだよね。うちはあんなことにならなくてホントよかったよー』とロリンは言うけれども。
というわけで、内沼晋太郎さんが書かれた本の題名のとおり、実はいろいろなかたちで本が「逆襲」している師走のニューヨークなのでした。
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執筆者紹介
- 文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。
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