今年もフランクフルトでのブックフェアが滞りなく終わったが、ヨーロッパでも書籍業界の人たちは出版社に対するアマゾンのやり方を支持するか、反対するかに二分されている印象だ。アメリカで起きているアシェットとのバトルに呼応するかのように、アマゾンがドイツでもボニエール社に対し、同じような措置を取ったことを受けて著者団体が結束して抗議声明を出すなど、攻防喧しい(詳細はこの記事あたりを参照)。
そしてブックフェア開幕当日に、アマゾンはドイツでも「キンドル・アンリミテッド(定額読み放題サービス)」を始めた(この記事も参照のこと)。書籍は定価販売で他国と比べても高く感じるドイツの書籍市場でどこまで加入者を確保できるかが注目される。
そして本国ではアマゾンがスポンサーになる形で、似て非なる二つの新サービスが始まる。拙ブログでも言及したが、これはアマゾンが考える新しい出版エコシステムの一端と捉えていいだろう。
さまざまな「クラウド出版」のしくみ
その一つは、実験的に自己出版を試みようというユーザーが自らの作品を試すラボとして作られたWriteOn(ライト・オン)。今のところ、過去にKDPで著作を出したことがある人にパスコード付きのメールが送られ、アマゾンからの招待がなければ覗けないようになっている。つまりはまだベータ仕様。実はもう夏辺りからずっとやっていたらしく、あのアマゾンがよく今までマスコミや出版業界関係者にバレないようにできたものだと少し感心したり。
ユーザーは、例えばこんなことについて本を書きたいと思ったことや、こういう本があったら売れるんじゃないの?というアイディアをぶつけてみたり、書いた文章の一部を載せて添削してもらうこともできる。単なる思いつきの段階でも、下書きの状態でも、クラウドで評価してもらえるところがミソ。
既に公開されているものを見たところでは、色々とアドバイスが付いたり、細かい句読点の位置まで直されているものもあるが、まだまだ作品の点数は少ないようだ。
とりあえず、ここまでの段階では、お金は動かない。すべてフリーのサービスということだ。この先アマゾンがこれをどうマネタイズしていくのか、ここから売り物になる本が見つけ出せればいいと考えているのかはわからないが。
だが、この「クラウド出版」が画期的かというと、そうでもない。
文章を書く人はだいたいみんな本をよく読む人だろうし、みんなで編集していこうよ、という試みはリチャード・ナッシュが5年も前に「カーソル(Cursor)」というサイトを立ち上げて、すでに始めている(Cursorについて詳しく報じた記事はこちら)。
こちらは「クラウド」というより、共同作業の仲間を「ピア(peer)」と呼び、なるべく信頼の置けるプロの編集者、プロの著者を集めてやらなければ意味がないとし、招待オンリーのクローズされた環境で始められた。クラウドのQ&Aサービスに喩えるなら、庶民的な「Yahoo!知恵袋」よりも、洗練された「Quora」に近いという印象だ。
他にも、アマゾンの新サービスのニュースを聞いて、みんなが思い浮かべるものとして、「ワットパッド(Wattpad)」というコミュニティーがある。こちらもアマゾンやKoboが始めるずっと前から自著をアップロードできる自己出版サイト&コミュニティーとして定着し、本国カナダ、アメリカ、イギリスなどの英語圏のみならず、フィリピンやアラブ首長国でも展開され、今や毎月3500万人のユニークアクセスがあり、毎日1000もの新しいコンテンツがアップロードされているという。
ワットパッドはあちこちからベンチャー資金を調達しているし、昨年はマーガレット・アトウッドを巻き込んだ詩歌創作コンテストをやったりと、かなりバラエティーに富んだ自己出版体験ができる。スマホ用のアプリのUIがシンプルなので使い勝手がいいらしく、日常的にアクセスするユーザーも多い。グーテンベルク・プロジェクトの電子書籍アーカイブにもアクセスできて、探せば色々と使えそうなコンテンツに行き当たるあたりが、読み放題サービスとして変容しつつある「スクリブド」を連想させる。
後はどれだけクラウドの質とアクセスを上げていけるか、というところである。
アマゾン出版はジャンル小説でクラウドを利用
これとは別に、(下書きではなく)完成した未刊行作品がアマゾン出版(Amazon Publishing)から出すに値するものかどうかを、アマゾンのアカウントをもつユーザーが評価するコミュニティー、「キンドル・スカウト(Kindle Scout)」も準備中だ(作品の募集はすでに開始)。募集ジャンルはロマンス、ミステリー/スリラー、SF/ファンタジーで、作家の側は作品の一部をサンプルとして公開し、どれを全編読みたいかをユーザー(読者)が投票する、というシステムになっている。
そこで一定の評価が得られれば、アマゾン出版からEブックとオーディオブックが出て、印税は実売の50%、1500ドルのアドバンス(印税の前払い)で5年契約となる。 紙バージョンの権利については著者に残され、自由に他の出版社に持ち込むことができる。
KDPと同じく、アマゾンが売るときの条件を有利にするための細かい拘束があって、原稿の長さは5万ワード前後、そのうち3000ワードほどをサンプルとしてアップし、一定期間はEブックはキンドルのみでしか販売できない。
アマゾン側はプラットフォームを提供するだけなので、作家の側が自分で考えたウリ文句や、あらすじ紹介、著者プロフィールと写真などを用意する。
とりあえずアマゾンは、ラリー・カーシュバウムという業界のベテラン編集者を引き抜き、多額のアドバンスを張ってオークションでエージェントから企画を勝ち取り、紙も電子も同時に出していく、という既存の出版方法は放棄したようだ(カーシュバウムとアマゾン出版についてはこの記事も参照のこと)。
つまり、これまでのアルゴリズム出版をプロアクティブにしたのがこの二つのサービス……なんて書くと横文字ばかり使いやがって……と怒られそうだが、日本ではこんな風に新しいことを新しいやり方でやっているところもないので、それにピッタリの訳語もないのだからしょうがないのである。
言い換えれば、既存の出版社が物書きのプロを育て、プロの仕事としての「本」を売るシステムだとしたら、アマゾンはアマチュアの物書きによるパラダイム構築を進めつつあると言うことだ。
エコノミスト誌が電子ミニブックとして公開した「本の未来(The future of the book)」によると、アマゾンを通した自己出版の売上げは既に昨年で4億5000万ドルに達しているとも、あるいはそれ以上だとも言われている。そしてこの数字は今後も飛躍的に成長していくだろう。
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執筆者紹介
- 文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。
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