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Bookish買収にみるディスカバラビリティの行方

ネット時代が到来し、紙でも電子でも欲しい本がオンラインで見つかり、すぐに手に入れられるようになった一方で、特に目的もなく本屋さんをキョロキョロして「へぇ、こんな本があったのかぁ」「わ、これなんだかおもしろそう」「あ、この本のこと、このあいだ誰かがよかったって言ってたな」と、今まで読んでみようと思ったことさえなかった本を見つける場が少なくなった。

これは「ディスカバラビリティ(discoverability)」と言って、要するにどうやって「未知なる本との出逢い」を補っていくかがこの先の出版事業の課題だ。バーンズ&ノーブルが売れ筋の本を大幅にディスカウントするのも、街の本屋さんがディスプレイに工夫を凝らすのも、買おうと思っていた本の他にも「ついで買い」をしてもらおうと思うからこそ、なのである。

本好きのためのSNS

Eブックの台頭とともに、そのディスカバラビリティの場として期待されているのが、Bookworms(本好きの人)のためのSNSだ。自分の「本棚」を作り、レビューを書いていくと、同じ本を読んだ人同士で繋がり、他のメンバーの本棚を覗いたり、レビューを読んだりすることで、似た趣向の人同士で集まれるようになる。 フェイスブックでもBookScoutというアプリを通して同じような機能を搭載している。

フェイスブックにも読書コミュニティのアプリBookScoutが登場。

アメリカでは、既に成功しすぎてアマゾンに買収されちゃったShelfariGoodReadsの他にも、図書館のようにカタログ機能を充実させ、著者や著作に関するトリビア知識が豊富に得られるLibraryThing、読んだ本の内容からメンバーと気の合いそうな人を探し出し、友だちや恋人に発展するかも知れませんよと宣伝するAlikewise、有名・無名を問わず、「私の人生を変えた5冊の本」をテーマに人とつながっていくYouAreWhatYouReadなど、ちょっとヒネリのあるサイトがたくさんある。

そこから「ブッククラブ」を開催し、ネット上で特定の本や特定のテーマに沿って意見交換できたり、リアルでブッククラブを計画すればオフ会も計画できる。著者に直接メールで質問したり、チャットでイベントをすることもできたり。

そんなコミュニティが数多あるのだが、アメリカらしいなと思うのは本を読むだけでなく、自分で本を書いた・書きたい人、いわゆるセルフ・パブリッシング作家たちの本を見つけるためのサイトが多いことだ。

自分が書いた本をアップロードして、他の人にレビューをつけてもらう。誰も知らない本の中から、これはおもしろい!と思ったものを見つけて紹介できる。つまり、発見するだけでなく、発見されることにも重点を置いたサイトなのだ。

四大出版社が仕掛けたBookishの挫折

これがアマチュアの“出版”コミュニティーだとしたら、プロがしかけたSNSサイトがBookishだろう。ペンギン、サイモン&シュスター、アシェット、という名だたる大手出版社が出資して立ち上げたSNSだ。

ローンチは2011年夏、と当初は発表されていたのだが、サイトにはBookishの文字があるままずるずると予定が伸びて、その間にもCEOが二度も変わったりしたのを聞いて、あまりうまくいってなさそうだな、というのが伝わってきた。ウワサでは、推薦本を選ぶためのアルゴリズムを作る過程で、参加大手のそれぞれの思惑が噛み合わない部分もあったようだ。4冊読んだ本を入力すると、次に読むべきはコレ!という本が出てくるのが“ウリ”だったのだが。

しかも2012年4月には例の米司法省からEブックの価格談合訴訟で、スポンサーの3社とも、アップルといっしょにその対応に追われることになった。結局、ちょうど1年前の2013年に、他の出版社16社も参加してようやくスタートを切ったというわけだ。

アマゾンやGoodReadsだと、読者が過去に買った本や、高い評価をつけた本に基づいてお薦め本が抽出されるのだが、Bookishはそれを出版社から提供できるメタデータでやっている分、意外性がなかったり、ありすぎだったり…。

しかもホームページに「We Know Books」とでかでかと出てくるところが、上から目線という印象がある。アメリカ人って、こういう「お仕着せ」が大嫌いだからね。なにごとも政府や大企業が後押ししてやってますよ、という点をアピールすると敬遠されてしまうのだ。

もう一つ懸念されていたのが、このサイトを通した本の販売ルート。Bookishで見つけてこれ読みたいなと思う本が決まったら、じゃあそれをどうやって購入できるか、というところでも大手版元が絡んだトラブルがあった。Eブックを選ぶとEPubかPDF、つまりiBookstore, Android, Nook向けとPCのデスクトップで読めるものが買える。ただしキンドル版はなしね、というロコツな「アマゾン外し」がユーザーの失笑を買っていた。

一方、紙で欲しいとなると、他のオンライン書店へのリンクもあるが、基本はダイレクトセール、つまり取次のベイカー&テイラーが扱うことになり、これだとおそらく出版社が直接売るというのは、他のアカウント(つまり書店ね)がいやがるだろうなぁ、という感じ。

Bookishを買収したZola Books

そのBookishが立ち上げ後わずか1年でZola Booksに買収されたというニュース。あまりにもあっさりとしたこの結末からは、いかに出資した大手出版社が手放したがっていたかがわかるというものだ。せめて「こういうサービスは出版社自身がやらない方がいいんだな」というレッスンを1年で学んだ、ということにしておこうか。

買い手であるZola Booksも 2011年9月に立ち上がったばかりの“Eブック総合サイト”を名乗るベンチャーだ。創始者2人は片方がリテラリー・エージェントで、もうひとりが美術品 オークションのサザビーズのサイトに関わった人物。ローンチ当初は『きみがぼくを見つけた日』の著者オードリー・ニッフェネガーが出資者のひとりとして、 このサイトでのみEブックを販売するということで、ちょっと注目されていたけれど、その後はイマイチ知名度が低い作家ばかり。

Bookishの買収を報じたZola Booksの公式ブログ記事。

しかもメディアが伝えるZola Booksの紹介記事で目に付くのは、フラットアイアン地区に構えた今風ITオフィス。本がずらりと並んでいるけれど、なんだか社員が読んでいるという気がしないんだよね。これまでブルームバーグ前市長が音頭をとって、ニューヨークでどんどんIT企業を育てて第2のシリコンバレーを作ろうという動きがあったけれど、今年からばりばりリベラルのデブラシオ市長に代わり、今までと同じような市政のバックアップは期待できないかも知れない。最初の資金が底をついたらどうやって儲けるつもりかねぇ?という疑問も多し。

ところで私 は仕事柄、こちらの出版社をたずね歩くので、編集者からじきじきに本をもらったり薦められたりすることが多い。その編集者が担当した本に限らず「この企 画、他社に取られちゃったんだよねぇ。悔しくて」「私が編集したんじゃないけど、うちの社で来シーズン出るこのタイトルがおもしろいよ」という感じで、正 に「口コミ」のお薦め機能に助けられている。

ゲイリー・シュタインガートの『スーパー・サッド・トゥルー・ラブ・ストーリー』も、ギリアン・フリンの『ゴーン・ガール』もゲラの段階で教えてもらって、気に入っていたらベストセラーになっていた。時折、この情報をうまくまとめたら、おもしろいSNSが作れるような気がする。「エディターが個人的に読んでいる本」というくくりで。

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執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。
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