サイトアイコン マガジン航[kɔː]

ニューヨーク書店事情クリスマス編

11月のサンクスギビングの翌日から始まるアメリカのクリスマス商戦は、どこも年間売上げの20〜40%、モノや店によっては半分が集中するほどの大事な時期。クリスマスイブといえば、日本のカップルがホテルにしけ込む頃、時差のあるアメリカではまだぐずぐずと親戚用のプレゼントを買い求める客が、見栄えのいいバーゲン品はないかとごったがえすモールを彷徨う地獄絵図だったりするわけです。

相手の好みを考えたハードカバーの本や、きれいなコーヒーテーブル用写真集も鉄壁の贈り物なので、出版社や書店にとっても1冊でも多く売り上げることが必須。その昔、メリル・ストリープとロバート・デニーロが不倫カップルを演じた映画『恋に落ちて』でも、イブの喧噪の中お互いが買った写真集を取り違えてしまう出会いのシーンがありますが、あれは57丁目のリッツォーリ書店。

バーンズ&ノーブル苦戦の理由はEブックと関係なし

そして今年、おそらく日本でも伝えられているのが最大手書籍チェーン、バーンズ&ノーブルの不調。「去年の買い物客1000人に聞きました」みたいなアンケートでは、また今年もB&Nでクリスマスショッピングすると回答した人が40%台と最悪だったというニュース

それを別にしても、この頃テレビで流れていたコマーシャルは今イチ冴えない感じだったし、毎年のように配っていた「このクーポンで1冊さらに25%引き」というチラシも見ないし、全然気合いを感じられないので心配していたところです。

いろいろ理由は考えられます。まず、今年に入ってから急にCEOのビル・リンチが辞職、今年のクリスマス商戦対策がしっかり決まっていなかったのもあるでしょう。Eブック端末「ヌック」も、タブレットの新型はなく、アップデートされたEインクの「ヌック・グローライト」があるだけ。

みんながもらって嬉しいプレゼントは既にタブレットに移行しているといいますか、少しでもEブックで本を読む気がある人はもう既になんらかの端末を持っているくらいには普及しているので、力を入れて宣伝しても「グローライト」がガンガン売れるような雰囲気はありませんしね。

ここにきてバーンズ&ノーブルが苦戦しているのは、よく言われる出版不況ともEブックの普及とも関係がないように思えます。アメリカでは本に限らず、品揃えで勝負する「ビッグボックス・リテール」全般がダメになってきているからです。状況は家電製品も服飾品も同じです。みんなスマホやパソコンでオンラインショッピングを済ませるようになったから。わざわざ悪天候の中、混雑する店に出向いて、重い荷物を抱えて買い物しなくてもいい時代になってきたというわけです。

でもオンラインショッピングにも落とし穴があって、今年は特にそれが裏目に出ました。クリスマスが近づくにつれてお目当ての商品がどんどん安くなったりするので、少しでも安く買おうと、誰もが発送がクリスマスギリギリに間に合う日まで待って一斉に注文を入れたからさぁ大変。

フェデックスやUPSといった発送会社がキャパシティー以上にムリを強いられたため、結局間に合わないプレゼントがたくさん残されてしまったのです。25日の朝にクリスマスツリーの下にないプレゼントには何の意味もありません。念願のおもちゃを期待していた子供には泣かれ、親戚宅からはケチで無礼なヤツと思われ、クリスマスディナーでは肩身の狭い思い。

オンラインショッピングの大御所アマゾンも、プライム会員にはクリスマス前2日までに注文すればイブに無料でお届け!キャンペーンを売りにしていたため、新規会員入会は拒否されるわ、プレゼントが間に合わなかった客に20ドルのお詫びギフト券を配るわ、と対応に追われました。

ブックストアでプロポーズ大作戦

そんなニュースとは裏腹に微笑ましかったのがB&N本店近くにある古書店(といっても新刊も置いてあるし、オリジナルグッズも充実しているという大御所)ストランドで2日続けてカップルがプロポーズし、イエスの返事をもらったというニュース(下の映像はストランドの公式PV)。

アメリカでは男性がダイヤの指輪を準備し(女性といっしょに買いに行くのはヤボ)、予測していない彼女を驚かせる(とはいってもノーと言われる可能性が低いことが条件)のが定番なので、ストランドで知り合ったとか、2人とも本が大好きといった場合こんな風にします。お店に居合わせた人からおめでとうと言ってもらえるし、ストランドのフェイスブックページにも登場(こことかここを参照)。

そしてクリスマス前の23日に、とうとうストランドは開業以来86年で1日の売上げ最高記録を更新したというツイートが。

まだ具体的な数字は報告されていませんが、全国の他のインディペンデント系書店でも今年のクリスマスは健闘しているようで、ネット上でもprint is not deadという言い回しが目立ちます。実は2013年はEブックの成長が頭打ちになっており、『電子書籍大国アメリカ』なんぞという本(ちなみにこのタイトルは私がつけたわけではありません。電子書籍事情という提案はしましたが。)を出しておいてなんですが、まだまだ紙の本だってイケてるんだよなぁ、と実感した年の暮れでした。

■関連記事
くすみ書房閉店の危機とこれからの「町の本屋」
ワルシャワで、「家みたいな書店」と出会う
キンドルを伏せて、街へ出よう
本のための綺麗で明るい場所

執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。
モバイルバージョンを終了