初の「出版ハッカソン(Publishing Hackathon)」もその一つだ。ハッカソンとは、物事をやりやすくする「ハッキング」と「マラソン」をかけた造語で、かけ声の下に集まった有志のプログラマーやエンジニアたちに、既存の業界がスポンサーとなって、起業をめざしてその場でサービスを実際に立ち上げてもらおう、という実験だ。
元々ニューヨークという街はウォールストリートに象徴されるように金融界の中心地で、住宅ローンのバブルがはじけた2008年のリーマン・ショックまでは、株トレーダーやファンドマネジャーらがマネーゲームで儲け、そのお金が潤沢な税金や消費となってニューヨークを豊かにしていた。
そのバブルがはじけた今、マイケル・ブルームバーグ市長が率先して新たな産業をこの町で興すべく取り組んでいるのがIT業界の育成なのである。90年代のインターネット・ビジネス黎明期にもネットバブルがあり、ニューヨークの一角が「シリコンアレー」と命名されたほどだが、バブル崩壊によりIPOで一攫千金を狙う目論見が外れた格好となった。だからこそ今度はその失敗を繰り返さぬよう、市政が後押しして産業を育てようとしている。
市長自らプログラミングを習うと宣言し、名門コーネル大学院のIT部門を誘致したり、市民が無料でプログラミングや起業について習えるセミナーを開催したり、コンピューター教育に力を入れたチャーター・スクールを中学・高校課程に創設したりと、かなり長期的な計画だ。
テーマは「ディスカバラビリティー」
書籍出版業の中心地でもあるニューヨークで、本だけアナログのまま留まるわけにもいかず、今回のハッカソンのスポンサーとなっているのは、手堅いノンフィクションの実用書で知られるペルセウス出版、大手リテラリー・エージェンシーであるウィリアム・モリス・エンデバー、書籍チェーン店のバーンズ&ノーブルなどで、審査員として加わっている。
テーマはずばり、電子書籍時代のキーワードとなっている「ディスカバラビリティー(Discoverability)」だ。いくらセルフ・パブリッシングが容易になったとて、インターネット上に本をアップロードしたところで、誰もその存在に気づかなければ無に等しい。書店(ネットでもリアルでも)に並べられているのを見かけたり、図書館で手にとってみることでしか新しい本の発見はない。「発見されない」本は「存在しない」も同然だ。じゃあ、それをハッキングで解決してやろうではないか、と考える人がいても不思議ではない。
今回の出版ハッカソンではデジタル系のデザイナーや、エンジニア、プログラマー、そして起業家を含む数名でチームを結成し、BEAの会期である36時間のあいだにアイディアを出し合って何か新しいサービスを作っていく。
最初のミーティングはブック・エキスポ開催の2週間ほど前に、ニューヨークに新しくできたコワーキングスペース、AlleyNYCで行われ、先駆者の指導やアドバイスを受けながら、30のチームが発足した。新しいアプリ、ウェブサイト、プログラム、あるいはビジネスをブック・エキスポの場で発表し、審査される。開催当日、最終的に6チームに絞られた中から最優秀賞として、ひとつのチームに起業資金1万ドルが贈られるのだ。
「デジタルな人にとって、紙の本なんてまだ作ってる産業があるの?という感じかも知れない。だからこそ対話が必要だと思った」
という主催者の挨拶で始まった「出版ハッカソン」、最終6チームのアイディアは以下の通り(当日のライブ・ブログがここで読める)。
BookCity「ブックシティー」 http://bookcity.herokuapp.com/
あなたが計画している旅行にピッタリの本を探そう! 旅先で本を読もう!をスローガンに、例えばロンドンに行くならバージニア・ウルフの『ミセス・ダロウェイ』を薦める、といったプログラムだ。提携先として旅行ガイドや外国語学習書を考えている。が、「あまり旅に出ない人は?」の一言で答えに詰まったか。
Captiv「キャプティブ」
ツイッターでつぶやいた内容やフェイスブックに上げたエントリーから、そのユーザーが興味のありそうな本をお薦めする。データ解析の専門家が多いチームなので、それらの抽出はアルゴリズムでおこなう。例えば結婚間近な人には『きみに読む物語』など女性を胸キュンさせる恋愛ものがお得意なニコラス・スパークスとか、ニューヨーク・マラソンに参加するならRun to Overcomeからの抜粋が届くとか。本が好きで、わざわざそういうオンライン・コミュニティーに行くような人だったら推薦機能のあるサイトはたくさんあるけれど、敢えて本を読まなさそうな人にも推していくのが新しいかも。
Coverlist「カバーリスト」 http://coverlist.com/
ユーザーは本の表紙をいくつかパッと見て、好きなのを選んでいく。クリックして初めてそれがどんな内容の本かを説明する。出てくる表紙は、その時期に合わせて、例えばクリスマスが近づくとそれっぽい表紙にするとか。このグループはすでに古典の表紙をデザインし直して売り込み、Recovering the Classicsと提携している。「出版社がデザイン案をいくつかアップして、クラウドでいちばん好きなのを決めてもらうのに使える?」とさっそく実用化したい出版社からの質問が飛ぶ。
Evoke「イヴォーク」
今もカテゴリーとして伸びているYA(ヤングアダルト)の読者を対象に、読者と似ている架空のキャラを見つけて繋ぐ。ユーザーは読んだ本のキャラクターの好きなところ、嫌いなところをクリックしていくだけ。「登場人物の性格を網羅するのは大変なのでは?」との質問に、書評レビューのサイトからスニペット(部分的な引用)で集めるとの答えが。
KooBrowser「クーブラウザー」 http://koobrowser.com/
ウェブサーフィンの行動履歴からお薦めの本を選ぶ。「ユーザーとしてはいつも誰かに見張られている気持ちにならないか?」との質問に「オプト・イン」のひとことで対応。プラグインをダウンロードする手間がある上、その人についてのデータが多いほど、嗜好が絞られてきて、推薦本の精度が上がり、狭くなるのだとか。
Library Atlas「ライブラリーアトラス」 http://libraryatlas.com/
フォースクエアで今いる場所をチェックインするように、読んだ本を次々と登録しておくと、地図上でその本ゆかりの場所に来るとお知らせが来て、本の抜粋を紹介したりする。あるいは欲しい本、気になる本を登録しておけば、その本がある本屋さんに近づいてきたときにお知らせしてくれるという、iPhoneのアプリ。でもティファニーに入ったら『ティファニーで朝食を』が表示されるぐらいだと、新鮮味はないかも?
結果:最優秀賞はイヴォーク。スタートアップ資金1万ドルと辣腕エージェント、アリ・エマニュエルとのミーティングが予定されているとか。
出版社にとっても、これぐらいの投資で次なるGoodReads
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執筆者紹介
- 文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。
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