今日は確かアマゾンの記者発表(下の埋め込み映像でも再生可)がある日だったな、と思っていつものように知人で行く人がいないか聞き回っていたら「今回は西海岸だよ」と指摘されてまず驚いた。アマゾンによるこの手のイベントは今まで出版業界の中心地である、このニューヨークで行われていたからである。
ということは……と改めて考えてみると、アマゾンにとってキンドルというビジネスがEブックを超えて自社が提供するエンタメサービスであることを世に知らしめる、という意図があるのだなと納得した。
アメリカではEブックは「3割の時代」を迎え、紙の本との共存が当たり前になっている。どのリーダー端末を買ってもそれで読める本については、セレクションにも値段にも大した違いはない。とりあえず、読みたい本はそこにあり、簡単に検索できて、安価で瞬時に手に入る。だから、今さら出版社が新しく加わりましたとか、自費出版の新しい試みが始まりました、という発表はないのだ。
つまりアマゾンは次のステージに行ってしまったわけ。それはそれでいい。先日、米出版社協会が発表した今春の書籍売上げの数字を見ても、各出版社の数字は期待を上回る伸びを見せている。Eブックも本なのだと受け入れることができてしまえば、出版業界の人間は今まで通り「本作り」に専念していればいいのだから。
ロサンゼルスで記者発表を行えば、ハードのスペックだの、コーディングだのにうるさいテクノ系のレポーターが集まることになる。アマゾンが準備していた一連の新キンドル機は、そのこだわりに充分対応できると判断してのものだろう。
自分で触りもしないで感想を書くのはためらわれるが、そのハードのスペックや機能がユーザーにとってはどういう改良として感じられるのかを想像して書いてみたい。ハードの比較表とか、各ガジェットの写真とか、その辺は日本のサイトでいくらでも既に出回っていると思うのでそちらを参考にしてから読んで下さい。
諸手を上げて歓迎する前に様子見を
まずは廉価版のキンドルが79ドルから69ドルに(広告付きモデルの場合)。これ、日本円に換算したら5000円を切ってるじゃない。紙じゃないもので「本」を読んだ感じを掴むためのお試しとしては充分かも。これを使ってみてやっぱりタブレットがいいな、とか、Eインクが読みやすいと感じるかどうかを判断することができる。その後ハードを買い換えても、同じキンドルの本を読むことができるわけだし。
そして、新しいEインクリーダー、「ペーパーホワイト」。Eインクのリーダーは地味なグレー、という印象を一掃するぐらいコントラストが上がっているようだ。解像度やピクセルがどうのこうのというのは、西海岸組に任せよう。個人的にはどうせ白黒テレビなんだから、いくら表現を追求してもねぇ、という気がする。アルファベットの文章を読む分には、今の解像度とコントラストで何の問題もないのだが、日本語を読むに当たってはやはり読みやすさに違いが出るだろうから。
フロントライト付けっぱなしで2ヶ月持つというのはすごいかも。でもそんなに暗がりで本を読むかねぇ? バーンズ&ノーブルのヌックにも付いている(し、コボの新機種「Kobo Glo」でも付いたと報告されていた)あのLEDっぽい青いライトは、個人的には好きじゃないのだが。
コンテンツサービスで特筆すべきは、ネット時代に合わせた短いコンテンツを「キンドル・シングル」として売り出したところ好評だったのを受けて、「キンドル・シリアル(シリーズ)」というコンセプトを打ち出しているところだろうか。要するに今日本で一部課金で成功しているメルマガと同じようなもの。日本ではEブックリーダーにこういうサービスが付いていないから馴染みがないかもしれないが、コンテンツプロバイダーがEPUB版も添付したりして工夫している、と考えてもいいだろう。
ただし、これも諸手を挙げて歓迎するまえに様子見が必要だろう。コンテンツのシリーズ化なんて昔からスティーブン・キングが自らやってコケているわけだし。何でも瞬時にポチって手に入れられるこの時代に、続きを待ってでも欲しいコンテンツを作りだすのはかなり難しい。日本のバラエティー番組を観ていると、知りたいところで延々とコマーシャルが入るんで、「そこまでして観たくもないわい」とスイッチを切ってしまうことが多かったのを思い出す。
もっとも、毎月のダイジェストが欲しくなるような、特化したトピックのアップデートなどには「キンドル・シリアル」は向いている。雑誌メディアは対応を迫られるだろうから、自分たちが作っているモノをこれからは「サービス」として届けることを考えておくべきだろう。
新型ファイアーはiPadとガチンコ勝負か?
今回の発表の目玉はやっぱり新ファイヤー2種。小さい方は旧型とあまり変わらない大きさで、Silkと呼ばれたブラウザがどれだけさらにサクサク動くようになっているかがカギ。でも基本はアンドロイドなので、アップル至上主義者に言わせればまだまだなんだろうけど。
あらら、iPadにケンカ売ってるよ、と思ったのが大型のファイヤー。8.9インチと言われても手にしてみないとわからないけど、まもなく発表と噂されるアップルのiPadミニとガチンコ勝負を挑んでいるんだろうか? 初代ファイヤーがWiFi対応のみだったから、タブレットでは通信費まで面倒みないんだな、と思っていたんだけど、こちらは年間50ドルでAT&Tの4G LTE搭載可能。データの上限が月250MBじゃ、映画の1本もダウンロードできないよ、とITギーク系にはdisられてたけど、アマゾンのメッセージ、丸わかりじゃない。
つまり、アマゾンにしてみればタブレットは提供するから、これで映画みたりゲームやったりする人は自分で勝手にWiFiのネット環境整えていくらでもやってね、ただしEブックをダウンロードしたり、キンドル・シリアルを配送するぐらいはこっちでやってあげますよ、ということでしょ。つまりあくまでもキンドルのタブレットは「読者」「消費者」のことを考えているんですよ、っていう。
iPhone5やiPadミニというハードで勝負するアップルに真っ向から挑戦するほど、アマゾンもバカじゃない。というか、アマゾンはあくまでもこれで色々な商品を買ったり、Eブックを読んだりする人をサポートしていくという構えなわけ。動画や音楽で使い倒したい人の面倒まで見てられないよ、っていう。それはプレゼンの中でベゾスもはっきり言っている。「キンドルはサービス」、「ハードを買ってもらうことではなく、使ってもらうことで儲けていく」と。
そして最期っ屁としてTold you so(だから言ったでしょ)を一発かまさせてもらうと、日本でのキンドル・サービスについては一言もなし。日本のマスコミが元年元年と勝手に盛り上げるから、一向に始まらないことについてアマゾンに怒りをぶちまけ始めている人もいるみたいだが、まったくのお門違い。アマゾンのサイトに「近日発売」とあるからといって、明日にも日本で発売されると受け取る方のはどうかしてる。いくら「ラスボス」のアマゾンでも、日本側の状況がもう少し整わないと、参入しても何のメリットもない。それは日本語ローカライズの問題(自動読み上げや辞書など)と、電子版権の問題があるからだ。これらについてはいずれまた。
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執筆者紹介
- 文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。
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