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米国ブックエキスポ2011で見えた新しい動き

ブックフェアと言えば、世界中から編集者と版権担当者が集まり、30分ごとに区切られたミーティングをやって、久しぶり、と挨拶を交わし、その国の出版事情をやりとりした後、業界のウワサ話にしばし興じ、そしてタイトルカタログを見ながらお薦めは何か、なんてことを繰り返す恒例行事だ。

つまりそれが春のロンドンでも、秋のフランクフルトでも、どこかは同じことの繰り返しで、そのことで「本を作ることの基本は今までも、そしてこれからも同じ」という安心感があって、それをみんなで確かめるために顔を合わせ、握手をし(これはアメリカ勢)、ほほを寄せ合ってチュッチュとダブルキス(これはヨーロッパ勢)をして別れる。夜は夜で、著者パーティーと称して編集者たちが他の出版社の編集者と情報を交わす。

ブックエキスポ・アメリカ2011の会場風景(BEA2011 Digital Press Room提供)。

今年のBook Expo America 2011もそうなるのだと思っていた。それで終わって夏休みを迎えてその後はフランクフルトでのブックフェアの準備をして…と。アメリカの出版業界も、リーマンショックで売上げが落ち込んだ2009年からだいぶ立ち直って何もかも元通り…でも、何かが違うという感触があった。

アマゾンが「出版社」に

それは初日を席捲したウワサで始まった。アマゾンが元グランド・セントラル出版でエージェントをやっていたラリー・カーシュバウムを編集長に抜擢、ニューヨークに出版社を作る、というニュースだった。

それまでもアマゾンは既に、自費出版した本の中から評判のいいものをピックアップするAmazon Encore、 海外のアマゾンサイトで売れているものから作品を翻訳するAmazon Crossing、セス・ゴーディンと組んで展開するドミノ・プロジェクト、そしてここ最近つづけさまにロマンスとスリラーのインプリントを立ち上げると発表したばかりだ。

ニューヨークでオフィスを立ち上げ、業界でならしたベテラン編集者を雇い入れる、ということはアマゾンが本気で出版社になったということだ。これにはブックエキスポに集まった知り合いの編集者たちも大騒ぎ。アマゾンから声がかかったら果たして自分はそこに転職するだろうか、そんなことをしたらどこかで裏切り者と思われないか、カーシュバウムは誰をリクルートするのだろうか、と喧しい会話が交わされた。

もちろん、アマゾン1社が本を出し始めたところで、業界全体が揺らぐと感じたわけではない。それまでも、エージェントがつかず、出版社から紙の本を出すのをあきらめたような著者が細々と出していた自費出版のEブックの中からちらほらとヒットが出始め、それがきっかけとなってどこかの出版社との契約にこぎ着け、紙の本が出る、というエピソードはあった。だが、これは宝くじを引き当てるような確率で起こる偶然でしかなかったものが、それなりに著者の力でソーシャルメディアを通して売れ始める本が出始めた。

ベストセラーになるような確率としては相変わらず低いものの、紙の本でデビューしても同じ運命を辿るあまたの著者のことを考えれば、Eブックでの自費出版も“それなりの”オプションとして定着してきた感があるのだ。

クラウド式出版にも大物作家が登場

それだけではない。著者が直接(未来の)読者にプロジェクトを披露して実現に必要な資金の寄付を募るクラウド式出版とも言えるKickstarter(米)やUnbound(英、下はそのプロモーションビデオ)などにかなり大物(「モンティー・パイソン」のライター、テリー・ジョーンズなど)の名が出るようになった。

誰もが、いずれ出版社の存在意義そのものを問い直す時期がくるのを覚悟していなかったわけではないけれど、経営陣やIT部門の人間だけでなく、編集の現場にいる人にまで、時代の変化がハッキリ感じられたのはこのブック・エキスポが初めてではないだろうか。

表向きには、やれ新型Nookだ、次世代キンドルだ、ヨーロッパ版Koboだというニュースが飛び交っていたが、編集者にはもうあまり関心はない。まぁ、とりあえずePubで済むならいいんじゃないの?ぐらいのリアクションか。

リーマン・ショックの後、出版社から解雇された知り合いのエディターたちの話を聞いても同じ答えが返ってくる。「今までだったら、とにかく他の出版社を探せばいい、と心のどこかで思っていた。でも今回は今まで聞いたこともないようなEブックやウェブサイトのベンチャーとも面接をして、自分が今まで積み上げたスキルだけじゃダメかも知れない、と思わされた」と言う友人がいる。

もちろん、そこには不安だけがあるのではない。どんな形であれ、本は読まれていくという確信はある。それがどんな風に変化していくのか、見守るだけだ。

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執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。
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