アメリカ人が出版関連の利権で訴訟を起こしたり、ボイコットしたりしているのは死闘のバトルをやっているんじゃなくて、お互いに納得のいく着地点を探してプロレスごっこしてるだけ、なーんてことを以前に書いたので、なんだかオオカミ少年になりつつある気もしないではないが、またしても電子書籍をめぐってバトルが始まった。
今度はエージェントが大手出版社が抱える大物作家のEブック専門出版社を作り、アマゾンと専属契約を交わしてしまった、というニュース。報復措置として出版社側は、そのエージェントが担当する新人や新しい企画のボイコットをはじめた、というものだ。
電子化されるのは綺羅星のような名作ばかり
さて、このバトルで赤コーナーに立つのは、ICMやウィリアム・モリスと並ぶ大御所のアンドリュー・ワイリー・エージェンシー。クライアントの作家を思いつくまま挙げてみると、フィリップ・ロス、ソール・ベロウ、ノーマン・メイラー、サルマン・ラシュディー、マーティン・エイミス、オルハン・パムクなどなど、まさに綺羅星のような、そうそうたる顔ぶれだ。(リストを見ると大江健三郎や村上龍がはいっているが、これは日本のサカイ・エージェンシーと提携しているので、著作の一部を預かっているため)
このアンドリュー・ワイリー、業界では「ジャッカル」とか「ダース・ベーダー」とかあだ名される辣腕エージェント。つまり著者にとっては強ーい味方だが、出版社から搾り取れるだけ搾り取る、アグレッシブなやり方で有名な、いや、悪名高き御仁。でも、やっぱりいい作家とってるもんね。無視するわけにもいかない。
ワイリー卿(と呼ぶとしっくりくる。下のリンク先のインタビューの写真を参照)、つい最近まで電子書籍に関しては我関せずといったそぶりで、母校のハーバード大学の卒業生ロングインタビューでもキンドルについて訊かれて、「まだ売上げ全体の4%にしかならんものに、96%の時間を費やしてあれこれ言ってもしょうがない」ってなことを(しゃーしゃーと)答えていた。しかも「いちばん大衆的でくだらないベストセラーから電子化されるだろうね。ジェームズ・パターソンなんかEブックで十分じゃないの? 誰もそんなの書斎に飾っときたくないだろうし」なんて暴言まで吐いてるのだ。
ワイリーのクライアントである作家の電子書籍版権は、アンタッチャブルというか、出版社側は紙の本を出すときにもちろんEブック版権も付けてくれ、と申し出るのだが、それはダメです、渡せません、と言われてなす術がなかっただけで、Eブック版を放っておいたわけではない。だが、ワイリー卿ときたら、本当に自分のところでEブック専門出版社を作って、しかもその販売をする権利を、2年間の期限付きでアマゾンだけに譲渡という暴挙に出た。「オデッセイ」と名付けられたその出版社、名前にふさわしく今後数々の至難が待ち受けているんだろうなぁ。
まずは、20タイトルをアマゾンで9.99ドルで売り出すそうだが、この配分が例のエージェンシーモデルで分配されるとしたら、アマゾンが3ドル、著者側の取り分が7ドル。エージェントのコミッションは15%なので、ワイリー卿の儲けはダウンロードごとに1ドルちょい。普通に出版社からEブックをだしたら、印税率は15〜35%なので、著者にとっても2〜3倍の儲けになるわけだ。
出版社が怒っている理由
でもそりゃないよ、アマゾンに渡すデジタルファイル、誰が編集して、どこで組んだと思ってるの? というわけで、これには版元も黙ってはいられない。しかもほとんどのタイトルがランダムハウスだ。ランダムハウスは米最大手で、唯一、アップルともエージェンシーモデルの契約をしていない出版社だ。それはなぜかといえば、出遅れてるんじゃなくて、出版社が本の小売価格を決めなければいけないエージェンシーモデルでは、いろいろと不都合でややこしい問題が起きることを見抜いてたんだと察する。
こういう場合、出版社としてはどうエージェントに対抗するかは微妙な問題だ。まず、読者に不都合となる措置には出られない。とりあえず、ワイリーからは今後、新しい企画は買わない、という腰砕けのボイコット作戦に出たものの、ワイリー卿が即座に「へい、まいりました」とオデッセイの活動を止めるとは思えないし。
ランダムハウスのスポークスマンは「エージェントっていうのは、著者の本が売れるように出版社をサポートするものかと思っていたが、書店で売る本の邪魔をしていいのかね」と嫌みたっぷりなコメント。
しかし、これでEブック版権をめぐって他のエージェントと他の出版社までが争いをはじめ、一大バトルになるかと思うとそうでもない。というのも、「空いている(つまりどこがEブック版権を持っているのかが契約書にハッキリ明言されていない)」本は、ほとんどないと言っていいからだ。版権が切れるほど古くもないが、まだEブックというコンセプトがなかった時代に出された本もあるにはあるが、こちらはEブックを出したところで大してうま味はないだろう。
20タイトルの電子化権を2年間とられるぐらいなら、全体から見ればごくほんの一部、という見方もできるが、ワイリー卿は、自社のクライアント作家でなくても、Eブックだけをうちで手がけることも可能、とまで言ってしまった。それじゃ、エージェントが出版社になるってことじゃないか。いいのか~?
いずれにしても、しばらくすったもんだしそう。わくわく。
■関連記事
・Literary Agent Plans E-Book Editions (NewYork Times)
・マクミラン対アマゾン、バトルの顛末
執筆者紹介
- 文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。
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