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〈ミニコミ2.0〉とはなにか?

はじめまして。KAI-YOUという、ミニコミ誌の制作やイベントの企画を行っている組織の代表をしております、武田俊と申します。今回は、以前の仲俣暁生さんの記事「リトルマガジンのゆくえ」に対して、その作り手の立場から何か答えるというような形式で書かせて頂こうと思っています。

といっても具体的には何をやっている人間なのか、という疑問を持たれることと思いますので、簡単に自己紹介をさせていただきます。

これまでのKAI-YOUの主だった活動としては、「世界と遊ぶ文芸誌」といういささか大仰なキーワードのもとに動いているミニコミ文芸誌『界遊』の制作と、それに関係するイベントの企画・運営が挙げられます。そして昨年の11月からは、〈ミニコミ2.0〉というタイトルを掲げていくつかの企画を行ってきました。

あえて「ミニコミ」と口にしてみる

〈ミニコミ2.0〉企画は、奇しくも昨年休刊となってしまった『STUDIO VOICE』のウェブサイトである「STUDIO VOICE ONLINE」内のコンテンツから始まり、ジュンク堂書店新宿店に企画を持ち込み行ったフェア、フェア担当の書店員・阪根正行さんとの対談記事、そして批評家/編集者である宇野常寛さんと、ライター/編集者の速水健朗さんによるトークイベント、といったようにウェブとリアルを往復するような形で展開させていきました。

ジュンク堂書店新宿店で行われた、〈ミニコミ2.0〉フェアの展示風景。

ここでポイントとなるのは、いまなぜミニコミ誌なのか、ということです。もちろんミニコミ誌というメディアは今に始まったものではありません。ビートニクと呼ばれてきたような詩人や作家たちが自らの本を手作りで世に届けたものもそうですし、ファンジンや同人誌といったようなものも当てはまります。一言でまとめてしまえば、マスコミュニケーションという大きな存在に対して、カウンターとして振る舞い存在するインディーズメディアと呼ぶことができます。ミニコミュニケーション、という略される以前の言葉自体を考えればもっともな話です。

そのようなミニコミ誌という言葉から想像される一般的なイメージというのは、普段は他分野で仕事をしている社会人や学生が、自分の好きなコンテンツやカルチャーに対して自分の意見を記すというような、どこか内輪ノリで自己実現欲求に忠実なメディアといったものではないかと思います。現にそういったものが少なくありません。

いわゆる「大きな物語」消失以後、個人の趣味嗜好は細分化され、コンテンツはそれぞれの固定的消費者コミュニティー内で流通・消費されています。その結果それら全てをフォローするようなメディアを作るということは不可能ですし、そうであるからこそこれまでのような形でマスメディアを展開することも難しい。だからこそコンテンツの総数自体は増殖していき、出版界で言うならば不況だからこそ出版点数が増える、というねじれを生んでいます。

そういった状況の上に、比較的安価で購入できるDTPソフトや格安のオンデマンド印刷所の台頭といった、それぞれの声を具現化するためのインフラが整備されたのだから、ミニコミ誌というものが乱立しているのもまた頷ける話でしょう。ただその中でも、固定的消費者コミュニティーの中で内閉化することを拒むような形で、より広く遠くへ届けようとするミニコミ誌が増えているのです。

そしてそれに加え、これまでは書き手専業であったような方たちが自らのメディアを制作し、その販売も自分で行うというケースも目立っています。このことはミニコミ誌からミニコミ性が失われたということでもあるし、逆に言えばマスメディアがミニコミ化しつつあると見ることも可能なのではないでしょうか?

ただ雑誌を作るだけでなく、届けたい

私たちが一連の企画のタイトルに、〈ミニコミ2.0〉といういささか恥ずかしくもあるフレーズを冠しているのは、「2.0」的状況――流動性が高まることで、消費者と作り手の区分が極めて曖昧となっている状況――において、ミニコミ誌だけでなく、広義の意味でのミニコミュニケーション=インディーズメディアがバージョンアップを遂げているということ、そこからこれまでとは違ったコンテンツやメディアの在り方を考えたい、という思いがあるからです。

誰しもがメディアを持ち表現することが可能となったことは、作り手サイドに物を作るという一次制作能力だけでなく、本来二次的であったパフォーマンス的要素すら要求されるのだ、ということを顕在化させました。そこからは大きく分けて2つの課題が導き出されることと思います。まず、コンテンツをどう届けるかということ自体を、それぞれのメディアの作り手自身が改めなければならないということ。

ことに出版不況における大きな課題としての流通というものの在り方を考え直さなければなりません。そしてもう一つは、この過剰ともいえる流動性の高まりにおいては、随時現状認識を行い、その都度より適切なパフォーマンスを行っていく必要があるということです。いつまでも形骸化した「マス」として、あるいは「ミニ」として振る舞うのではなく、そうではない何かというものを探っていく必要があるのではないでしょうか。

私たちが『界遊』というメディアを文芸誌ベースで制作しているのも、まさにいつまでも「マス」として振る舞ってしまう「文学」というものを、他ジャンルのコンテンツと同じフラットな地平にならべることで、それぞれの固定的消費者コミュニティーに風穴を空けられないか、という思いがあるからなのです。

確かに状況は絶望的なのかもしれません。けれども、身の回りには沢山のツールが転がっているし、絶望的状況というのはいつだってきっと変化の兆しを含んでいるはずです。私が見たいと思うのはトップダウンでもボトムアップでもなく、形式上フラット化した結果乱立しているような言説空間でもありません。その先の可能性こそを見たい、そう思っています。そのためにもまず、乱立化するその一つとして〈ミニコミ2.0〉から考えるということを進めたいのです。

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執筆者紹介

武田 俊
(KAI-YOU代表)※当時
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