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書誌情報の「脱アマゾン依存」を!

去る8月25日、図書館蔵書検索サービス「カーリル」のブログに掲載された「サービスに関する重要なお知らせ」を読んで、驚いた人は多いと思う。この日のブログにこのような一節があったからだ。

カーリルでは、Amazon.com, Inc.が保有する豊富な書誌情報(本のデータベース)をAmazonアソシエイト契約に基づき活用することにより、利便性の高い検索サービスを実現してきました。現在、Amazon.comよりカーリルとのAmazonアソシエイト契約が終了する可能性を示唆されているため対応を進めています。

Amazonアソシエイト契約の終了は現時点で決定事項ではございませんが、カーリルではこの機会に、Amazonのデータを主体としたサービスの提供を終了し、オープンな情報源に切り替える方針を決定しました。現在、新しい情報検索基盤の構築を進めておりますが、状況によっては一時的にサービスを中断する可能性があります。

その後、29日になって「Amazonアソシエイト契約はこれまで通り継続されることとなった」との追記がなされ、危惧された一時的なサービスの中断は避けられたようだが、「Amazonのデータを主体としたサービスの提供を終了し、オープンな情報源に切り替える」というカーリルの方針に変わりはないという。

カーリルのブログに掲載された「サービスに関する重要なお知らせ」。

カーリルが今後、Amazonにかわる書誌情報として使うことを想定しているのは、彼らが版元ドットコムと共同で開発しているopenBDというデータベースだ。今年の1月にこのopenBDプロジェクトのセミナーがあり、私も参加した。

このプロジェクトの趣旨は、以下のように宣言されている。

・個人が、SNSやブログで本を紹介するとき
・書店が、仕入れや、販売のために本を紹介するとき
・図書館が、選書し、利用者に本を紹介するとき
・メディアが、本を紹介し評するとき
・企業が、書誌情報・書影を利用したあらたなサービスを開発するとき

こうしたときに、自由に使える書誌情報・書影を、高速なAPIで提供するopenBDの提供を開始します。

いま本をネット上で探そうとすると、出版社の公式サイトよりも、アマゾンをはじめとする各種ネット書店のほうが、検索結果の上位に並ぶ。本を話題にしたいときはついネット書店、とりわけアマゾンのサイトをリンクしてしまいがちだ。

カーリルのブログに書かれているとおり、それはアマゾンがきわめて「豊富な書誌情報」を保有しているからだ。アマゾンからアフィリエイト収入を得ているわけでも、アマゾンで買うことをとくに推奨したいわけでもないのに、本のランディングページとして便利だというだけで、ついついアマゾンのサイトにリンクしてしまう。

そうした現状に対するオルタナティブな選択肢として、個人でもメディアでも、書店でも図書館でも、あるいは一般企業でも自由につかえるような書誌情報と書影のデータベースがopenBDだ。ただし、1月のセミナー時点ではその活用事例については「準備中」とあるのみだった。今回の発表により、openBDの最初の活用事例はどうやらカーリル自身となりそうだ。[1][2]

[追記1]
すでに野田市立図書館がopenBDを活用した書影(表紙画像)などの提供を新着図書RSSで試験的に開始していた。ご教示くださったジャーナリストの鷹野凌さんに感謝します。
[追記2]
この記事を公開した9月1日に、「近刊検索デルタ」というopenBDのAPIのみを利用した近刊情報閲覧サイトが立ち上げられた[3]。他にもopenBDの活用事例がありましたら、編集部までご連絡ください。
[追記3]
「近刊検索デルタ」はJPRO(JPO出版情報登録センター)ではなく、同センターの活動にも参加するメンバーが個人的に立ち上げたものでした。追記して訂正します。

今年1月に行われたopenBDのセミナーで説明を行う版元ドットコムの沢辺均さん。

「ネット書店」対「町の書店」はニセの対立。真の課題は「アマゾン依存」をどう脱するか

ところで、このところまた「本屋が減っている」という話題がさかんに伝えられている。最近では、取次大手のトーハンがまとめた「書店ゼロ自治体」についてのデータをもとに、朝日新聞が8月24日に報じた「書店ゼロの自治体、2割強に 人口減・ネット書店成長…」という記事が大いに話題になった。この記事でも「紙の本の市場の1割を握るアマゾンなど、ネット書店にも押される」と書かれているとおり、ネット書店はリアル書店を脅かす存在だという見方が根強い。

現実にそういう側面はあるし、町から本屋さんが消えていく現状を憂う気持ちは理解できる。しかし、そのことをもって「ネット書店」が「町の書店」を駆逐しているという単純な見方は、ことの本質をとらえそこなっているのではないか。

現実に起きているのは、本を買う人がますます大型書店やネット書店を利用するようになったということだ。大型書店とネット書店の共通点は、ひとつには在庫の豊富さであり、もうひとつは在庫を検索できるデータベースを備えていることだ。ようするに、いま消えているのは「本がデータベースと紐付けられていない本屋」なのではないか。

書店の店頭で、たまたま本と出会う経験は楽しいものだし、その機会が奪われるのは大きな損失だが、そうした出会いは書店の店頭だけでなく、ソーシャルメディアや、その他のウェブ上のサービスでも得られるようになってきた。より問題なのは、そのときに使われる書誌データやランディングページが特定のプラットフォームに独占されてしまい、多様な行き先を示さなくなることのほうではないか。

「ネット書店」と一口でいうが、アマゾンのような強力なプラットフォームとその他のネット書店を同列に扱うと、議論は混乱するばかりだ。問題の本質は「ネットで買うか」それとも「店頭で買うか」ではなく、本に関する情報(書誌情報やレビュー)とEコマースが、特定のプラットフォームに完全に依存してしまうことの是非ではないか。そしてもちろん、それはよくないことなのだ。

今回カーリルが「脱アマゾン」という決断を下したのは、特定のプラットフォームにサービスを依存することの危険性を、彼らが十分に知っているからだろう。アマゾンに限らず、あらゆるプラットフォームの強みは、利用者を自分たちのサービスの「依存性」にしてしまうところにある。アマゾンで本を買うことが問題なのではなく、その便利さに依存しきってしまうことが問題なのだ。

openBDが充実し、「自由に使える書誌情報・書影」を「高速なAPI」で十分に提供できるようになれば、おそらく本についての情報流通のあり方が大きく変わるだろう。それは結果的に、本のコマースのあり方さえも変えるかもしれない。「ネット上でたまたま出会った本を、リアル書店で買う」ための使いやすいサービスが生まれることだって夢ではない。

カーリルが決断した書誌データの「脱アマゾン依存」は、そのための第一歩として大きな意味をもつはずだ。この問題については「マガジン航」でも引き続き、取材を続けていきたいと考えている。

執筆者紹介

仲俣暁生
フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。
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