英米のEブックを支えている読者は誰?

2016年5月24日
posted by 大原ケイ

谷本真由美さま

ご無沙汰しております。

谷本さんのロンドン・ブックフェア・レポート「電子書籍の未来を握るのはインディー系」を読みました。私はエージェンシーが集まるフロアだけ、ちょこっと顔を出しました。ブックフェアを見るより、エレベーターを待っていた時間のほうが長かった気がします。

先月はロンドンのブックフェアに続いて、アメリカでもいちばん大きいブックフェアである「ブック・エキスポ・アメリカ(BEA)2016」がありました。今年は開催市がシカゴだったので私は行かなかったんですけど、この10年ほどずっと、出版業界の中心街ニューヨークで開催していたのを、久しぶりに他のロケーションに移してみたら、入場者は2割ほどダウンとのことです。

でも、これは仕方ないですね。私と同じで、オフィスのあるニューヨークでやってるならちょっと顔を出しに行くか、という出版人も多いけれど、シカゴとなるとどうしても足が遠のいてしまう。その分、普段はニューヨークなんて遠くて行かれない、という人が大勢駆けつけたのなら、それもよしだと思います。

これに加えて、普段からチャカチャカと慌ただしいニューヨーカーっ子気質とちがって、ミッドウェスト地方は人間がのんびりしてる(というか、アメリカ全土を考えればこっちのほうが平均的なのですが)こともあり、シカゴにいる知り合いからは「どこもすっき空き、場内のスタバでさえ並ばずに買えたし!」「なんだか慌ただしくなくて落ち着くわぁ」という嬉しい悲鳴が届いておりました。

そしてコッソリ言うと、入場者数が減った理由の一つに、昨年のニューヨークには「招待客」枠を盾に数百人単位の人海作戦で乗り込んできた中国勢さまが、今年は来なかったというのもあったそうです。

Eブックも海外の視察団も蚊帳の外

そもそもブック・エキスポ・アメリカは、有名なロンドンやフランクフルトのブックフェアとは少し性質が違って、あまり世界中から出版人が集う感じではないのです。ロンドンやフランクフルトなど、ヨーロッパ大陸のブックフェアは版権マーケット、つまり、英語圏だけでなく、各国の人たちが自分の国で出せば売れそうな本の情報を早いうちに掴みに行くフェアなんですね。

それに対してアメリカのブック・エキスポのメインターゲットは本を仕入れてくれる人、つまり書店のバイヤーや図書館の蔵書担当司書といった人たち。出版社の側がホストとなって、彼らに「これからこういう本を出しますのでよろしく〜」「いつも仕入れてくださってありがとさんです」というアピールをする場なのです。

Eブックが登場した2008年からは、毎年日本からも「電子書籍をリードする市場の視察」という名目で大勢の出版業界人が来ていたようですが、実はブック・エキスポに来てもたいした情報は得られなかったはずです。数年前からすでにEブック関連のブースは、別にIDPF(国際電子出版フォーラム)というかたちで、会場の地下階に追いやられていたぐらいですから。

AAP(全米出版社協会)の発表では、2015年のEブック総売上は前年比12.7%ダウン、冊数でも2014年の2億3400万冊から2億400万冊に落ちたとか。「ビッグ5」と呼ばれる全米最大手の5社に限って言えば、全体の売上に占めるEブックのシェアが38%から34%になった、という数字も聞きました。これに中小の出版社の数字を入れると、アメリカでEブックは出版市場全体の3割ぐらいで落ち着いてきそうな気配です。これは実は、前々から私が言っていた通りなのです。えっへん。

セルフ・パブリッシングという新しいパラダイム

とはいっても、これはAAPに売上を報告している全米の出版社400社の卸売時点の話(書店やオンラインで売れた末端価格や部数ではない)なので、Eブックはオワコン、というわけでもないのです。これもしつこいくらい言ってますが、谷本さんがロンドン・ブックフェアでご覧になったとおり、既存の出版社を通さない、「インディーズ作家」と呼ばれる人たちによるセルフ・パブリッシングがEブックの大きなビジネスとなっているんです。

ところが、セルフ・パブリッシングをしている作家が売上を報告するシステムもないし、そのプラットフォームとしていちばん大きいKDPをやってるアマゾンも数字を出さない。なので、実際のところ「インディーズ作家」たちの本がどのくらい売れているのかは、よくわからないわけです。そういう事情があるので、マイナスの数字が出たところで日本みたいに「出版不況が〜」と嘆いている人は誰もいません。

アメリカでは(そしておそらくイギリスもそれに近いかたちで)、これまで紙で出ていた本は同日発売で、Eブックでも買えるのが当たり前になってきています。ざっくり言うと、平均的な新刊のハードカバーの値段が25ドル、同時刊行されるEブック版が15ドル、少し待ってペーパーバックが出るけどEブックより数ドル安いくらいです。イギリスは新刊だと最初からペーパーバックの本も多いので、Eブックに乗り換えるのも早かったですよね。

英米の出版界は日本と違って、

・よっぽどの事情がない限り新刊と同時にEブック版も出るので、ある本が何かの拍子に急に売れ出して紙の在庫が一時的に尽きた場合も、「売り逃し」がない。
・取次が書店に対して新刊を自動配本(どこの書店にどの本が何冊置かれるかを取次が決める)したりしないので、各書店が刊行前からカタログを見て何を仕入れるかを決め、出版社から直接注文できる。
・出版社側が決めた希望小売価格より高くなければ、各書店がどのぐらい安く本を売るかは書店の采配に任されている。
・ペーパーバックはEブックよりほんのちょっと安いだけなので、いわゆる「文庫に落ちてくるのを待つ」必要がない。

といった特徴があるので、今後もEブックの展開はいろいろ考えられるでしょう。

女の子もおばさんもEブックを読む時代

英米でEブック産業を支えている、つまり通勤途中や寝る前の時間にKindleやKoboでミステリーやロマンスを読んでいるのは、あいかわらず年配の女性が多い、というのも日本との大きな違いですね。考えてみれば今回のロンドン・ブックフェアでも、私が会った版権担当者もエージェントも編集者も一人を除いてみな女性でした。

盛んに日本の企業もコンプライアンスを徹底しなければグローバル時代に生き残れないとされ、その流れで「ダイバーシティ(多様性)」に欠ける職場環境はよろしくないわけですが、(特に決断を下せる管理職のポジションに)まだまだ男性が多い日本の出版社や書店だと、残念なキャンペーンを見かけることがありました。

たとえば、炎上しかけて秒速で終了したK書店の「本当は女子にこんな文庫を読んでほしいのだ」フェアや、某取次と12の文庫出版社が組み、全国の書店で展開された「文庫女子」フェアなどですね。後者の「たとえば香水を纏うように たとえばルージュを引くように たとえばハイヒールを履くように」というコピーは、汗かきながらすっぴんで突っかけ履いて本を読むこのおばさんには突き刺さるものがありました。

実際のところ、若い女性はもう紙の本なんてなくても全然平気なのかな、と思ったりします。一時期注目されたケータイ小説もティーンエイジャーの女の子たちが支えていたし、BLをケータイで読めればわざわざ書店に行かなくてもいい。アメリカでもKindleをずっと使っているのは圧倒的に女性層です。『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』や『ゴーン・ガール』のように映画化されて話題になるのも、世界中の女性に読まれた結果、バカ売れした本なのですから。

YA(ヤングアダルト)の本をベストセラーに押し上げる力を持ったいろいろな国の女性が、自発的に日本のものを「KAWAII」といって支持するのならともかく、男目線の萌え少女コンテンツを「クール・ジャパン」と売り込んで行っても、果たして勝算はあるのかな? と少々疑問に思います。どうせ何かキャンペーンを張るのなら、もう少し彼女たちが求めているものと真剣に向き合ってほしいですね。

※この投稿への返信は、WirelessWire Newsに掲載されます


この連載企画「往復書簡・クールジャパンを超えて」は、「マガジン航」とWirelessWire Newsの共同企画です。「マガジン航」側では大原ケイさんが、WirelessWire News側では谷本真由美さんが執筆し、月に数回のペースで往復書簡を交わします。[編集部より]

執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。